悪態を吐きながら異世界で
キトラ
第一章 死んだマヌケ
第1話 目を覚ますと
気が付けば、この世のモノとは思えない景色の中にいた。
七色に光る美しい水面が流れている川のほとり。
映える緑が輝くの山々が遠くに見える。
周囲では誇るように美しい花々が咲き乱れている。
見た事もない種類、だがとても美しい蝶がその間を優雅に飛びまわっている。
聞こえてくる鳥の囀りは歌の様に心地がよい。
射す日差しはまるで虹のようだが、布団の中の様に気持ちよい。
そして目の前には怪しい老婆が。
「ヒーッヒッヒ、気が付いたようだね。自分の名前は言えるかい?」
何故に老婆?
そう思った瞬間には目が合って問いかけられていた。
人がいる。
どんな風景だろうとそれは関係はない事柄だ。
どこに住もうと個人の自由だ。
「ヒッヒッヒ。そもそも人じゃないんじゃが」
目の前の存在はそう言って楽しそうに笑った。
どうやら人じゃないらしい。
では何か? ふむ。
「イヒヒヒヒ、ではヒントをやろうか。最後の瞬間を思い出してみるとええ」
最後の瞬間!? とは何か?
そもそも俺は何故ここにいるのか?
どうやら記憶は朧げなようだ。
思い出せん。何も。
えーっと、まず何だっけ? 何を考えたら良い?
「イーッヒッヒ。じゃーもう一度聞こうかね、あんたの名前は? 年齢と職業は?
そこまで出れば少しは状況が読めるじゃろうよ」
ふむ。俺の名前は『秋野 紅葉』と書く。
これで『アキノ コウヨウ』と読む。
アキノが苗字で、コウヨウが名前だ。
年齢は今年30歳になる。
高校を卒業し就職し、一度転職したが建築系の会社に勤めている。
・・・・・・いや、いた、になるのか。
・・・・・・なるほど、思い出して来た。
今日、になるのかが分からないが、記憶の中の最後の日は土曜日だった。
完全週休二日制どころか週休二日制でもないうちの会社は当然仕事で、今日は特にちょっと面倒な仕事だった。
なのに戦力になる同僚は一人だけ。
四人で現場に行ったのに、一人は春に入って来た新人くんで、もう一人は使えない年上のおっさんだ。
どっかの会社をリストラされて、仕方なくウチの会社に入ってきたって自分で言うくらいにはやる気のない男。入ってもう二年は経つのに一向に仕事を覚えない、使えない男だった。
そんな中で同僚くんと一緒におっさんをどやしながら、新人くんに仕事を教えながらも頑張って、その日の仕事を終わらせて・・・・・・
疲れ切って帰りの車の中で寝た。
うん、寝た所まではハッキリ覚えている。
いや、思い出した。
つまり俺は死んだんだろう。ということはここはいわゆるところの三途の川か?
最後の、本当の最後の記憶は、
車に跳ねるような衝撃が走って、目を覚ました俺の耳に届いた同僚くんの呟くような声だ。
「あっ、この馬鹿やりやがった」という。
最後の日は五月の終わり。
大卒でこの春から働きだした新人くん、運転が荒かったからなぁ。
なのに運転は好きらしく、運転したがる困ったちゃんだった。
俺も同僚くんも散々注意したんだけど、自分は運転上手いと思いこんでるからろくに聞く耳持たなかったんだよなぁ。
そもそも縁故採用で入ってきたから一応幹部候補生だったし。
本人は隠してたつもりみたいだったけど、バレバレだった。
おかげでヒラでペーペーの俺はあまり強く言えなかったんだが、それが悪い方に出やがったか。
はー、まったく。そうか、やりやがったか。
よりによって俺が乗ってる時に、ねぇ。
他にも社員がいたんだから、そっちと一緒の時に事故れよ! 恨むぞクソが!
まだ死にたくはなかった・・・・・・
「ヒッヒッヒ。状況は把握出来たようだね?」
つまりここはあの世って奴か。本当にあったんだな。
仕事中にそのまま死亡とか、ブラック企業務めだった現代人らしい死に方だ事で。
そんな話は山ほど知っていたが、我が身に起きたかと思うと泣けてくるな。
で、つまり。なるほど、なるほど。
婆さん、あんたは死神かって訳か。
「ヒヒヒ、そうそうあたしゃしにが、ってちっがーう! あたしゃ神様! 女神様じゃ!」
えー・・・・・・違うらしい。
女神って言ったら普通、若くて美人が相場だろうに。
何と言うか、命を刈り取る姿に見える。
むしろ、にしか、見えないんですけど。
「ちゃんと若ぇのもいるよ。人間から見れば神は皆美形じゃろうしな。
そんな中でわざわざこうしてあたしゃが出張って来てやったんじゃ、感謝すんじゃな!」
あー、それはどうも本当にありがとうございます?
感謝感激雨あられ。
正直、若い女神が良かったです。美形でおっぱいとか半分くらい出てれば最高だったんだが。
「ハッキリ言うのぅ。怖くはないのか? あたしゃ死神じゃないと言ったが、神なんじゃぞ?」
だって今、完全に心を読んでますよね?
隠すだけ無駄じゃないですかね?
死んだ後に訪れた場所で神を名乗る老婆に出会う。
いきなりでお腹いっぱいだよ。理解出来ないよ。
さっきまで混乱して思考がグルグルしていたが、なんか死ぬ前の人生への未練が一気にすっ飛んだわ。
ただ、少ないやりとりだがこの婆さんが人知を超えた存在なんだろう、ってことは理解出来る。
この婆さん、凝視するとなんだか身体が震えてくる。
俺の本能が目の前の存在を恐れているのが分かる。
30年という短い人生だったが、こんな経験は初めてだ。
だからこそ取り繕うだけ無駄。どうせ死んだんだしな。
目の前の存在が人知を超えているのならば、ここでジタバタしても無意味だ。
変に取り繕うより、いつも通り接した方がボロが出ない。
「イーヒッヒヒ、中々腹の座った男。その意気や良し、じゃな。
ヒヒヒ、ぶっちゃけてしまうと死神なんて神はおらんのじゃよ。死者の魂は自然に向かうべき場所に向かうようになっているんじゃ。この川を超えて進む。神がそれに手を出す事は普通は無いんじゃ」
んー、つまり? どゆこと?
俺は違うって事? ですか?
「ヒヒヒヒヒ。そう畏まらなくてもええんじゃよ。
死んで次の生に向かう普通の魂とは別の流れにおる。
あたしゃが呼んだからじゃがな」
ほう、つまりそれも神の御力か。
まぁでもまだ、俺の中であなたは自称の神様止まりなんだけど。
多分凄い存在なんだろうけどさ。言われた事を素直に受け取るほど坊やじゃない。
結果だけを見せられて
〝これが我の力だ〟
なんて言われてもね。
順序を入れ替えて見せるなんてトリックの基本だし。
「ヒーッヒッヒ。ひねくれておるのぅ。
そんな所も悪くない。じゃがまだ自分の状況は把握できていないようじゃな?
ちょっと自分自身を客観的に見てみると良いじゃろうよ」
自分を、客観的に?
その意味が分からず一瞬混乱仕掛けたが、先ず自分の手を見てみた。
見ようとして手が無い事に気づく。
手、どころかちゃんと見てみれば足も無い。
どうやって立ってるのか不思議に思ったが、なんと浮いているではないか。
「ヒッヒッヒ。そもそもさっきから喋れてもおらんじゃろう?」
そう言われて見て気づく、声も出ない。
考えているだけだ。それでも伝わっている。
喋られなくてもどうせバレると気づいたから、自分で喋ってないつもりだったから気が付かなかった。
「言ったじゃろ? あたしゃ女神じゃからな。
あんたは今、言わば魂だけの状態なんじゃ」
どうやら俺は死んで、人魂の状態で彷徨っているらしい。
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