第9話 それは凛として刹那

 その後の世界は皆が知っての通りである。東京にミサイルが撃たれた事実なんて存在しないし、地球外知的生命体からの攻撃も、未確認飛行物体の目撃情報もタイムマシンの噂もない。いや、UFOの話ならいつだったか米軍が発表して少し話題になった気がする。ああ、もちろん、健の街に軍隊や兵器が押し寄せたこともない。



 あの日の出来事は、まるで嘘だったかのように日々は過ぎた。それこそ、中学二年生の戯言、空想妄想のひとりごとだと言わんばかりに。プールに忍び込んだことはその後すぐにバレて、宿題を忘れた以上の大目玉を食らった。ある意味では有名人に成り果てたわけだが、そこに謎の美少女転校生はいない。鎌倉健はひとり、いつもどおりの中学生活を送り、元号は平成から令和へと遷移した。非常事態宣言は別件で発出され、ここ二年間の世間はその動向に注目している。世の中がこれからどうなるのか。先の見えない世の中が続いているように感じる。

 

 

 あの夏の終わりの出来事は誰にも知られず、誰も知らない存在として在りつづけている。幻の夏。憧れの夏。いつの間にか心に残っている、遥か遠い夏。『REIWA』と名付けた人型空想上兵器に搭乗し、出撃したあの日。明星瀬都奈と対峙していた『敵』は確かにそこにいて、気がつけば瀬都奈を押し退けて戦っていた。標的を中心に向けてライフルを撃ち、距離を詰めて抜刀。地球外未確認飛行物体の機体を両断。後続の勢力に向けて全力のミサイルを背から無数に放ち、撃墜した。それは反撃の隙すら与えない圧倒的威力と勢いであり、当の瀬都奈も置いてけぼりにするほどだった。それは凛として刹那的で、初恋を失った瞬間でもあった。

 

 

「僕が救う。この世界は僕の世界だ。ふざけやがって、何がミサイルだ。テロリストだ。認められないから、確かな存在がないから言い訳を言っているだけじゃないか。他人のせいにして、覚悟を言い訳に責任を押し付けるようなことを。よくもそんなことを。平然と。何事も無かったかのように、全て無かったことになんてよくも出来るもんだ。瀬都奈の行動は無駄なんかじゃない。僕が証明する。僕が認識している。間違いない。ここに、確かにここにあるんだ。存在証明なら僕が証明してやる。そうさ。そうだ。瀬都奈が来なければ僕は動くことはなかった。瀬都奈に会わなければこんな感情になることもなかった。こんなに楽しいことはなかった。自分自身を、こんな惨めな自分を認めてやることなんてできなかった。空想だろうと妄想だろうと、構いやしない。その程度のことで瀬都奈が居なかった事にはなら無い。僕がさせない。否定するなら来い。相手してやる!」

 

 

 あの日、あのとき。瀬都奈と別れてから、その後一度も直接会っていないし、その真実も確かめていない。事実として認識できたのは瀬都奈に対峙する『敵』がいた事。瀬都奈はタイムマシンでひとり戦っていたこと。あの世界はそれ以来、入ることができなくなったこと。今となっては、どうしたって証明しようがなくなってしまったこと。黒服の男が現れることもなくなったし、その後なにか作戦とやらが遂行されたのかも、知り得たことではない。

 

 

 世界はなくなってしまったが、エデンは未だに僕の隣にいる。空想世界が無くなっても妄想や想像が無くなることはない。彼だけは、僕と共にずっと覚えていてくれる。

 

 

 あれ以来、時折未確認飛行物体が、ふとそこに浮かんでいるような錯覚をすることがある。しかし、歳を重ねて心と好奇心が擦り減られて周りを見ながら生きていると、それがいかにバカバカしく愚かであるかを世の中の常識を持ってして決めつけてしまう。見えるその度に自分に幻だと言い聞かせてしまう。

 

 

 そう。だからその度に彼女はやって来て僕に言い聞かせるんだ。認識の差異による存在の有無など、それこそ野暮な話だと。そんなところで何してるんだ、と。

 

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