オラが訛っとるすけ婚約破棄なんだと? 確かに了承いたしました

uribou

第1話

「モンペ・ノルトエイデン辺境伯令嬢! オレはお前を婚約破棄する!」


 学院の冬季終業パーティーで、わたくしの婚約者クーリッジ王国アレクサンダー王太子殿下の声が朗々と響きます。


「代わりにキャンディス・ピルチャー伯爵令嬢をオレの婚約者とする!」


 予定通り。

 殿下とキャンディス様の仲は周知の事実です。

 キャンディス様の侍女の中にはわたくしの手の者を紛れ込ませてありますから。

 もう引き上げさせましょう。


 しかし殿下、ムダに美声ですから気付いていない人も多いようですが、殿下の決定は重大ですよ?

 陛下の取り決めたわたくし達の婚約を殿下の独断で破棄すること。

 わたくしの実家ノルトエイデン辺境伯家との関係を切ること。

 どうせ殿下のことですから、辺境伯家と普通の伯爵家の実力の違いも御存じないんでしょうけど。


 さてと、わたくしはわたくしの役を演じなければ。


「で、殿下! そったらことば、陛下がお許しにならねえべ!」

「ハハハ。お前の滑稽な訛りがオレの妃に相応しくないと言っているのだ!」


 クスクスと笑い声が聞こえます。

 ……辺境伯領の方言が滑稽と言われるのは面白くありませんね。


「いくら妃教育が進んでも王都言葉を覚えぬお前が愚鈍だからだ!」


 あれ、頷いている人も多いです。

 殿下の主張は結構な支持を得ているようですね?

 大丈夫なのでしょうか、我がクーリッジ王国は。

 わたくしが王都言葉を喋れないふりをしていることに、誰も気付かないなんて。


「んだども、オラの成績はいいだ!」

「誰が成績の話をしている!」

「愚鈍ではねえだ!」

「そんな言葉遣いで王都民の前に立つことは恥ずかしいと理解できぬのか。愚かなやつめ」


 学院で習得する外国語である帝国語の他に東邦語や沿海語もペラペラで、ソーサリーワードに関してもかなり習熟しているわたくしですよ?

 たかが方言の矯正ごときで苦戦するとでも考えているのですかね?


「今我が国の最高責任者はオレだ」


 陛下御夫妻が外遊中ですからね。

 だからこそ殿下はこのタイミングを狙って婚約破棄を企図したのでしょうが。


「モンペよ。オレの下した判断に従え」

「……従いますだ」


 これでいいでしょう。

 ……王家と殿下はもうダメです。

 王都にはまだ影響が及んでいませんが、地方では税率の高さからデモも起きていますよ。

 陛下も外国に協力を求めるより、根本的にムダを省いた方がよかったと思います。

 わたくしも王家没落の道連れになることは御免被りたいので、上手に婚約破棄されることに成功しました。


 アレクサンダー殿下が続けます。


「辺境伯ブルース殿は、現在は領にいるのだろう」

「父ちゃですだか? へえ、んだですだ」


 急に話題が変わりましたね。

 冬ですよ?

 そりゃあ社交シーズンではありますが、雪でも降れば領との行き来もできなくなってしまいます。

 治安が不安な今、辺境伯たる父が領を離れられるわけがないではないですか。


 顔を歪めて微笑む殿下。

 嫌な予感がしますね。


「田舎臭いお前に新たな婚約者を用意してやろうというのだ」

「はあ」


 何を言い出すのでしょうか?

 陛下自らの要請ならともかく、殿下ごときにそこまで干渉される筋合いはないのですが。


「エルドレッドはどうだ?」

「エルドレッド様、だすけ?」

「そうだ。エルドレッド・ワイオコンロン」


 ええっ?

 ワイオコンロン公爵家の御曹司?


「どうだ、お前にはもったいない話だろう?」

「あ、あい。ありがとうございますだ」


 混乱します。

 父とも話し合ったことがありました。

 現在の王家亡き後、誰を支えるべきかを。

 その時の結論がワイオコンロン公爵家でありました。


『王家は青二才しか子がおらんべや』

『そうですね。アレクサンダー殿下が失格なら次がいません』

『ならワイオコンロンだべ?』


 私も同感でした。

 ワイオコンロン公爵家には王位継承権があります。

 三人の男児が皆優秀で、特に長男のエルドレッド様は同い年のアレクサンダー殿下としばしば比較されています。

 飛び級で卒業されたのでこの場にはおりませんが、誰よりも次代の王に相応しいのではないかと、密かに言われてたりもします……。


 正直我がノルトエイデン家が組む相手を選べるならワイオコンロン家です。

 婚約破棄されるわたくしがワイオコンロン家に近付く術などありませんので、何か他の手段が必要だと思っていたのですが。


「不満はないのだろう?」

「ねえですだ」

「まあお前も父を頼れず心細いであろうからな。エルドレッドを頼ればいいのだ」

「……」


 ノルトエイデン辺境伯家もワイオコンロン公爵家も、国内有数の有力貴族です。

 わたくしをエルドレッド様と結び付けたら、王家に匹敵する求心力になりますよ?

 弱体化している王家に得は何もないはず。

 陛下御夫妻が支援を求めて外遊しているのに、殿下が危機を感じてないなんてことあり得ます?

 何かの罠でしょうか?


 アレクサンダー殿下はバカですが、周りにいる人物は知恵の回る人物がいるのかもしれません。

 ノルトエイデン辺境伯家とワイオコンロン公爵家が連携して不穏な気配を見せた途端、バサッと切られることは大いにあり得ます。

 あっ、それともワイオコンロン公爵家自体が、王家と実は密接に繋がっている?

 わたくしがエルドレッド様に隙を見せた瞬間に陥れられる?


 ああ、こんな時こそ父の判断を仰ぎたいですのに!

 いえ、わたくしがこの場で殿下の命を断る道などないのです。

 そして元々ワイオコンロン公爵家は組みたい相手。

 付け入る隙を与えず、ワイオコンロン公爵家を探ればいいではありませんか。


「では今日は去れ。お前の辛気臭い面は、華やかなこの場にそぐわん」

「へえ、では失礼しますだ」


 最後まで失礼なお方ですこと。


          ◇


 ――――――――――ワイオコンロン公爵家エルドレッド視点。


 ちょっと状況がよくわからない。

 モンペ・ノルトエイデン辺境伯令嬢が当家に送り込まれてくることになった。

 しかも僕の婚約者として。

 どういうこと?

 モンペ嬢はアレクサンダーアホ殿下の婚約者だったはずだろう?


 急ぎ調査させた。

 僕とモンペ嬢は学院で一学年違ったし、かつ僕が飛び級で卒業してしまったから接点がないのだ。


 ……幅広い人脈を得ることが目的の学院を飛び級で卒業なんて、まるでいいことがない。

 僕が学院を去らねばいけなくなったのは、アホ殿下の差し金のせいだ。


『もう学ぶことがないのだろう? 卒業すればいいではないか。お前がいるとオレが目立たなくなるからな』


 と、口では言っていたが、本当のところはわからない。

 結局生徒一人にかかる国庫からの補助金の話まで持ち出されては、僕は卒業せざるを得なかった。

 周りからは英才の優秀のと言われたが、大幅に予定が狂った。

 僕の邪魔をするために飛び級卒業なんて話を持ち出したんじゃないか?


 ごく近しい者しか知らないことだが、僕はある程度人の考えを見通せる異能持ちだ。

 アホ殿下はどう見てもアホだが、ブレーンはそうじゃないのかもしれない。

 あまり面識のない者の魂胆は、僕でもわからないしな。

 王家にとって目の上のたんこぶ的な存在である、ワイオコンロン公爵家に対する策という可能性もある。


 で、問題はモンペ・ノルトエイデン辺境伯令嬢だ。

 アホ殿下が好みそうな清楚系美人なのは知っている。

 調査によると学院の成績も妃教育においても極めて優秀で、特にソーサリーワードに造詣が深く、かなり魔法を使えるとのことだ。

 魔法を使えるってのは結構すごい。

 魔力容量も大きいんだろう。 

 ただ一つ、方言が抜けないという欠点があって、それを理由に婚約破棄されたらしいが?


 アホ殿下ならありそうなことだと思える反面、訛りが抜けないから婚約破棄なんてバカなことがあるか? という警鐘が頭に鳴り響く。

 代わりに婚約者指名したのがピルチャー伯爵家の令嬢?

 ノルトエイデン辺境伯家とは実力が段違いじゃないか。

 王太子妃の実家としては軽過ぎる。

 何より妃としての資質は?

 妃教育にかけた費用と時間は?


 そこまで考えると一つの疑惑が浮かぶ。

 婚約破棄は狂言で、モンペ嬢はスパイとしてワイオコンロン公爵家に送られてきたのではないか?

 罠の可能性に気付いて慄然とした。

 アホ殿下はともかく、やつの周囲を侮ってはならない。


 家令から声をかけられる。


「モンペ・ノルトエイデン嬢がおいでになりました」

「通してくれ」


 父上は領に帰っている。

 本来農閑期である冬は社交の季節なのだ。

 であるのに領民慰撫のために帰領しなければならないのは、王家の失政のせいだ。

 モンペ嬢に対する始末は僕自身が付けなければならない。


 父上は辺境伯を高く評価していた……。

 提携を結べるなら最高だが、甘いことを考えてはいけないのか?

 まあいい、全てはモンペ嬢を検分してからだ。


「御機嫌ようでございますだ」

「ああ、モンペ嬢か。エルドレッド・ワイオコンロンだ。よろしく」


 うむ、美しい。

 方言が抜けないというのも事前情報通り。

 ……僕の異能で見てみると、何らかの思惑があって隠しごとがあるのは間違いないな。

 しかし精神のガードが堅い。

 これ以上はわからない。


「お互いえらいことになったね。ゆっくりしていってよ」


 親しくしてみせる方が先決か。


          ◇


 ――――――――――モンペ視点。


「ありがとうございますだ」


 さて、どうしましょう?

 挨拶が遅れるのはワイオコンロン公爵家にも失礼だし、王家への印象も悪いからとりあえず訪問してみたけれど、全くのノープランです。

 エルドレッド様も迷惑ではありませんかね?


 ワイオコンロン公爵家の立場は微妙です。

 王位継承権持ちの公爵家ということで、王家の求心力が落ちている今、一番に期待される家でもあります。

 嫡男エルドレッド様の妃がどうなるかというのは、少々目先の利く貴族なら気にしていることでしょう。

 高位貴族からもらえば王家との対抗姿勢。

 中位以下の貴族ならば王家に従う姿勢。


 しかしここでハプニングが起こりました。

 アレクサンダー王太子殿下が、お妃教育もかなり進んでいたわたくしを婚約破棄して、エルドレッド様に下げ渡しですからね。

 誰がこんな展開を予想するでしょうか?


 わたくしの実家ノルトエイデン辺境伯家は、ワイオコンロン公爵家と並ぶ実力を持ちます。

 本来この二家が結ばれることは王家との対立を連想させ、緊張が生まれるはずです。

 でもアレクサンダー殿下直々の命ですから、皆が呆気に取られているのではないでしょうか?


「話がうま過ぎる」

「……は」

「いや、モンペ嬢のような可愛らしい方が転がり込んでくるなんてね。人生はわからないものだ」


 冗談めかしていますが、天才と呼ばれたエルドレッド様の目に油断はないですね。

 ……『話がうま過ぎる』、これは何かのメッセージです。


 わたくしはワイオコンロン公爵家と王家が繋がっていて、ノルトエイデン辺境伯家を陥れることを懸念していました。

 しかし『話がうま過ぎる』を素直に取るなら、エルドレッド様もまたわたくしのこと王家から送り込まれた間者だと疑っているということ?

 なるほど、確かにエルドレッド様から私はそう見えますね。


 いえ、エルドレッド様を理解した気になってはいけません。

 相手は希代の天才です。

 わたくしにミスリードさせようとしているのかも。

 こちらの腹を見せてはいけませんが、逆にスルーするのはチャンスを逃してしまうの可能性もあります。

 ならばわたくしは……。


「エルドレッド様のような素敵な殿方にそう褒められては恥ずかしくなってしまいますわ」


 エルドレッド様の表情が変化しました。

 これでいいでしょう。


「あー、モンペ嬢は方言が抜けないせいでアレクサンダー殿下に婚約破棄されたと聞いたのだが」

「はい、間違いありませんわ」

「訛りなんかないように思えるのだが」

「アレクサンダー殿下が訛りを嫌うことは知っていましたから」


 わたくしがオープンにできる手札はここまでですね。

 エルドレッド様がわたくしを調査させているのは間違いないでしょう。

 常にわたくしが辺境伯領の方言で話していたのは知っているはずです。

 となればわたくしがアレクサンダー殿下に嫌われるために、――――ノルトエイデン辺境伯家は王家を見限っているから――――方言を話し続けているというメッセージも通じるのではないでしょうか?

 そしてここまでならば、わたくしが決定的な言質を取られているわけではありません。


 エルドレッド様の表情が和らぎます。


「ふうん、モンペ嬢は面白いね」

「ありがとう存じます」

「方言も可愛いけどね」


 まっ、エルドレッド様ったら。

 リップサービスでもそう言ってもらえるのは嬉しいものです。


「僕の自慢の温室があるんだ。見ていかないかい?」


           ◇


 ――――――――――エルドレッド視点。


 モンペ・ノルトエイデン嬢か。

 実に面白いし、頭が切れる。

 僕の示唆に即応し、適切な答えを返してきたじゃないか。

 そしてノルトエイデン辺境伯家という大貴族の令嬢。

 彼女との婚約を破棄するなんて、本当にアレクサンダーアホ殿下は何を考えているんだろうな?


 冷静に考えれば、婚約破棄が狂言でモンペ嬢を我がワイオコンロン公爵家に送り込み、弱みを握ろうとしていると考えるのはおかしい。

 まず陛下御夫妻が外遊中の今行う意味がない。

 そしてただでさえアホだと思われているアレクサンダー殿下の文言がさらに軽くなってしまう。

 モンペ嬢が方言キャラで通していた理由も説明できない。


 つまりノルトエイデン辺境伯家の心は王家から離れていて、婚約破棄はアホ殿下の独断なのだ、という推論だと矛盾がない。

 これ以上突っ込んだ話には互いの従者すら邪魔だ。

 僕は個人の温室にモンペ嬢を連れ出した。


「わあ、ランですか?」

「うむ、レディースリッパと言うんだ」

「とても変わった形をしていますのね」


 ……連れ出したはいいが、令嬢とずっと二人きりというのもよろしくないではないか。

 手早く話を進めたいが、うまいきっかけがない。

 僕の異能で探っても、まだモンペ嬢は警戒を解いていないし。


 陛下御夫妻が帰国されたら状況が変わり、僕とモンペ嬢の婚約は認めないなんてことになるかもしれないから、今日の内に何とかしたいのだが……。

 ん? あれは……。


「モンペ嬢、危ない!」


 毒ヘビだ!

 冬眠もせずに温室に逃げ込んでる個体がいるとは。

 咄嗟にモンペ嬢を庇い、頭を潰したが僕が咬まれた。

 くそっ、よりによって強毒のカイザーバイパーか。


「キュア!」


 モンペ嬢の治癒魔法?

 実に見事。

 ジンジンする感じが抜けていく。


「いや、助かった。毒性の強いヘビなんだ。処置が遅れてたら死ぬかもしれなかった」

「いえ、エルドレッド様が無事でよかったです」


 ホッとした様子が見える。

 ガードが外れてるな。

 異能でモンペ嬢の様子を観察する。


「こんなことは今までなかったんだが。モンペ嬢を危険に晒すとは、僕も間抜けだった」

「いえいえ、お気になさらず」

「僕との婚約を受けてもらえないだろうか?」

「えっ?」


 戸惑うモンペ嬢。

 そりゃそうだ。

 畳みかけろ。


「要するにワイオコンロン公爵家とノルトエイデン辺境伯家で組もうじゃないかってことさ。いや、これでは色気がないな。僕がモンペ嬢の魅力にメロメロなんだ」

「ええと、まだヘビの毒が回っていますか?」


 ひどい言い草だな。

 モンペ嬢は魔法など使えないふりをして、僕を見捨てる手もあったのだ。

 即座に魔法を使ってくれた時点で、彼女は僕の敵じゃないことはハッキリした。

 そして異能で見たモンペ嬢の正体は……。


「モンペ嬢はアホ殿下がアホ過ぎて、今回の僕との婚約話がノルトエイデン辺境伯家を潰す罠だと疑ったんだろう?」

「……」


 やるな。

 さすがの警戒心だ。

 僕がアホ殿下と言ってるのにまだスタンスを崩そうとしない。


「僕も同じだ。アホ殿下に優秀なブレーンでもついていて、モンペ嬢を送り込んできたかと誤認した。考えてみりゃ陛下御夫妻が留守中にそんなことするわけがないのにな」

「……そうですね」

「実は僕にはある程度人の考えがわかる異能があるんだ」

「えっ?」

「モンペ嬢のガードが固くて見通せなかったんだ。けど今の毒ヘビ騒ぎで隙ができたのか、モンペ嬢が王家のスパイじゃないことを理解できたんでね。こうしてぶっちゃけてるわけさ」

「なるほど」

「僕はアホ殿下に恨みがあるんだ。あいつのせいで学院を一年早く追い出され、人脈の形成に支障をきたした。モンペ嬢を捨てたことにも怒りを覚えている」

「あ、いえ、それはわたくしの計画通りですから」

「方言で言うと?」

「オラの計画通りなんだべや」


 アハハと笑い合う。


「これで僕とモンペ嬢は共犯者だな。急いでことを進める必要はないが、婚約だけは文句を言わせないようにしておかなければならない」

「陛下御夫妻が帰国する前に根回しをということですね? 心得ております」

「ああ、モンペ嬢のように美しく聡い女性が婚約者なんて、僕は幸せだよ」

「わたくしも幸せですよ」


 ハハッ、迷いの晴れた美しい笑顔だ。


          ◇


 ――――――――――王太子アレクサンダー視点。


「お前は何てことをしでかしてくれたのだ!」


 外遊中の父陛下が帰ってきたと思ったら早速の雷だ。

 どんくさく垢抜けないモンペを婚約破棄した件だろう。

 まあ予想していた。


「何故モンペ・ノルトエイデン辺境伯令嬢を婚約破棄などした!」

「ハハッ、陛下。田舎者のモンペは、オレの婚約者に相応しくありませんよ。いつまで経っても王都に馴染みませんし。あんなのが王妃になったら、臣民に侮られます」

「予の決定を覆したことを言っておるのだっ! モンペ嬢をお前の婚約者の決めたのは予であるぞ!」

「は……」


 王の言葉が軽くなるという理屈か。

 ここは頭を下げておこう。

 しかしオレを王太子に据えたのもまた父陛下だ。

 オレの代わりになる有力な候補もいない。

 状況は変わらない。


「……新たに婚約者としたのが?」

「キャンディス・ピルチャー伯爵令嬢です」

「はあ……」

「キャンディスは淑女ですよ。同じ伯爵家ですし」

「お、お前は伯爵と辺境伯の区別もつかんのかっ!」


 辺境伯とは田舎伯爵という意味だろう?

 田舎だけに領地の面積だけは広いんだろうが。


「伯爵と辺境伯では実力が段違いなのだっ!」

「まあまあ。母上だって伯爵家の出ではないですか」

「だから予がこれほど苦労しているのではないかっ!」

「は?」

「年回りの合う、より高位貴族の令嬢が当時いなかったのだ。もっと実力のある家から妃を迎えられていたらよかったと、何度考えたことか!」

「し、しかし陛下と母上は仲がよろしいではないですか」

「それとこれとは別の話だ!」


 知らなかった。

 父陛下は母上の身分に不満があったのか。

 あれほど仲睦まじいと思っていたのに。

 貴族間のパワーバランスとは話が違うと?

 ひょっとしてオレに重大な認識違いがあるのでは、という思いが頭をもたげる。


 再びため息を吐く父陛下。

 

「仕方ない。王太子の言葉もまた重い。そのピルチャー伯爵家の令嬢の出来に期待しようではないか」

「は、はい」

「お前の命でモンペ嬢は、ワイオコンロン公爵家エルドレッド君の婚約者となったという報告がある。相違ないか?」

「ありません」

「よりによって辺境伯とワイオコンロンを結び付けるとは……。いや、どの道背かれたら終わりか。考えようによっては、両家に貸しを作った状況の方がまだマシなのかも知れぬ」


 背かれる?

 あいつらはただの家来に過ぎないじゃないか。

 父陛下の考えについていけない。

 冷や汗が出る。


「モンペ嬢への詫びを兼ねて、ワイオコンロン、ノルトエイデン両家を盛大に祝福しよう。国庫に負担をかけるが……」


 オレは大変なことをしてしまったのか?

 国が傾く?

 目の前に急に闇が立ち込めてきたようで怖い。


          ◇

 

 ――――――――――二年後。伯爵令嬢キャンディス視点。


『王家の散財のせいなんだよお!』

『横柄で傲慢で! クソみてえな王がよ!』

『やめろ! 不敬な!』

『死ねえ!』

『があああああああああ!』


「アレクサンダー様っ!」


 ガバッと飛び起きましたが……。


「ゆ、夢?」


 よ、よかったです。

 でも何と不吉な夢でしょう。

 わたしの元婚約者アレクサンダー様が、兵士に斬り殺されてしまうなんて!


 モンペ・ノルトエイデン辺境伯令嬢の後、わたしがアレクサンダー様の婚約者に抜擢されました。

 しかし結局能力が足りないということで外されてしまいました。

 何とか一年以上、お妃教育に食らいついていったんですけれどもね。

 天才のモンペ様のようにはいきませんでした。

 わたしはアレクサンダー様を愛していたので、とてもショックです。


 今は王都を離れ、一時領地の方に戻っています。

 わたしが気落ちしているだろうという気遣いがあったということもあるのですが、特に庶民層や下級騎士の不満が高まり、王都の情勢が不穏だということもあります。


 あの夢のせいで夜着が汗でぐっしょりです。

 嫌な予感がしますね。


 侍女が入室して来ました。


「お嬢様、旦那様がお呼びです」

「すぐ参ります」


          ◇


 キャンディス伯爵家当主であるお父様が真剣な面持ちです。

 どうしたのでしょう?


「王都でクーデターが起きた」

「えっ?」


 ま、まさか。

 いえ、よろしくない状況だとは知っていましたけれども。


「あの、王家の方々は?」

「陛下は命を落とされたそうだ。その他詳しいことはまだわからん」

「!……」


 声も出ません。

 先ほど見たのは正夢だったのでしょうか?


「どうやらクーデター派の勢いが強い。他にも犠牲になった貴族家当主がいるようだ。先んじて王都を脱出できた我々は幸運と言っていい」

「そ、そんな……」

「過去よりも今後のことが重要だ」


 断じるようなお父様の言葉に息を呑みます。


「おそらくはクーデターの情報が届き次第、ワイオコンロン公爵家とノルトエイデン辺境伯家が協力して王都に攻め上り、クーデター派を鎮圧すると思われる。王都に比較的近い我が領は守りを堅め、情報を収集し、クーデター鎮圧を目指す勢力に味方する」

「あの、うちの領兵で王都に向かうことは?」

「単独ではとてもムリだ。足元に火がつきかねん」


 伯爵家とは言っても、国全体から見るとちっぽけな一勢力に過ぎないということをまざまざと感じます。

 ああ、アレクサンダー様!

 どうか御無事で!


          ◇


 ――――――――――さらに一年後。モンペ視点。


 文官のストライキに端を発した騎士団のクーデターによって、王家はあっけなく滅びました。

 ワイオコンロン公爵家とノルトエイデン辺境伯家を中心とした貴族連合軍が王都を制圧するまでに一ヶ月半。

 その後義父である公爵ザカライア様が即位しました。

 同時にエルドレッド様は王太子となりました。


「バカどもが踊ってくれたおかげで楽ができる」

「そうですね」


 文官武官の暴発が混乱の原因だったので、組織の抜本的改革に反対する者はいなかったです。

 しかも文官や騎士を出していた家からは積極的な協力の申し出があったので、エルドレッド様が楽ができるといった意味もわかります。


「……アホ殿下もしゃれこうべになっては哀れなものだ」


 わたくし達がクーデターに気付いた時は、既にアレクサンダー殿下の首は晒されていました。

 殿下の傍若無人な振舞いはあちこちで恨みを買っていましたからね。

 その頭蓋骨は戒めのためとしてエルドレッド様が執務室に飾っているそうです。


 ……何となくわかる気がします。

 アレクサンダー殿下は、エルドレッド様もわたくしも関わることの多い方でしたから。

 良きにつけ悪しきにつけ、因縁の相手です。

 殿下の振舞いを思い出し、我が身を律しなければいけません。


「結婚式が潰れたのは一生の悔いだ」

「仕方がないではありませんか」

「モンペの美しい姿を皆に見せたかったのに」


 わたくしとエルドレッド様は結婚いたしました。

 でも王都の混乱のせいで結婚式を行えなかったのです。


「今後も二人で努力していこう」

「三人ですよ」

「えっ?」


 すぐにその意味を把握したエルドレッド様が破顔します。


「そうかそうか! でかした!」


 ぎゅっと抱きしめられます。


「まだまだ途上なのですね」

「うん?」

「国も、家族も」

「そうだな」


 抱きしめられる腕に力がこもった気がします。

 全てを背負う覚悟と、幸せになる覚悟をこの胸に。

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