第38話 知ってしまった日の風景―百瀬灯里

 その日は放課後になるとアリスは逃げるように一目散に姿を消した。

 お昼のあとはずっとわたし達に近づくこともせず、ラインを送っても返事どころか既読の表示すら付かない有様で、どうやら電源から切られているらしい。


「避けられてるねえ」


 スマホを確認していたわたしのもとに脇から入ってきた香織が、既読すらつかない画面を覗き込んできて開口一番にそう言う。


「そう……だよね」


 わたしは相槌を打つと、机の上に頬杖をつく。

 西日がわたしの頬に直接当たって、肌にちりちりと熱と痛みが伝わってくる。


「なんかマズいことでもしたの?」


「ちょっとね……」


 思い当たるとすれば、確実にさっきのあれだろう。

 でもわたしにだって言い分ぐらいある。アリスのことを、一人で傷つきながら凶悪な相手と対峙する彼女のことを彼女の言う通りに放っておけないのだ。


「ねえ香織」

 わたしは物憂げな姿勢のまま、口を開く。

「もしさ、わたしが一人じゃ到底できないようなことを一人でやろうとして、色んな事情で手伝って欲しくない言ったとして、香織はどうする?」


 一応訊いてみたが、香織に訊いた時点でこんなの答えは決まりきってる。

 そして当然のように、香織はわたしの思った通りの答えを口にしてくれた。


「そりゃ、邪魔だって言われても手伝う」


「そうだよね」


 わたしは頬杖の角度をより深くし、机の上に前のめりになる。


「なに、千里もそれで避けてるの? あいつやっぱカッコつけだなあ」


「ただカッコつけってだけじゃなくて、色々あるみたい。めんどくさい事情とか……」


「色々つっても、結局そういうのを一人で背負ってること自体カッコつけなんだよ。そりゃ主人公が一人で運命に立ち向かうの展開は燃えるんだけど、リアルでやられたら、見てらんない。自分の黒歴史とカブるのもあるけどさ」


 香織はショートヘアをぐしゃぐしゃ掻きながら唇を尖らせている。その表情はアリスに対して呆れているようにも、怒っているようにも見える。というか、多分両方だ。


 確かに香織の言う通りだ。

 アリスの背負っているものはアリス本人からすれば他人に手出しされたくないのかもしれないし、事情を知ってしまった今、何の関係もないわたしが手を触れるのは不躾で野暮な行為だとしか思えない。


 だけど、アリスがたった一人で傷つくのを黙って見ているのは嫌だし、見てられない。

 どうすればアリスは協力を受け入れてくれるのだろうか。


 考え出してきたら、また目の奥に違和感を抱きだす。

 わたしは目を強くつぶり、眉間を押さえてから目をしばたたかせて、ずれたコンタクトを直した。不思議と、直している間に鬱屈とした気持ちは湧かなかった。


「……まあ、説得できるように頑張ってみるよ」


 わたしは無理にそう笑ってみせる。

 だけど、アリスは次の日学校に現れなかった。

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