06 一目ぼれ
私の告白はさらりと受け流されてしまった。別にまだ本気で好き! となったわけじゃないけれど、それでもカッコいいと思ったのは事実で、付き合えたらなあ……なんて淡い期待も抱いていた。でも、その期待はすぐに打ち壊され、店員さんも店長と思しき人も厨房へ戻っていってしまった。一人取り残されたような気分になって、私は席に座りなおす。
「もう、幸って本当に大胆よね」
「だって、カッコいいって思ったんだもん」
「店員さん困ってたよ?」
私がすわると、それまで我慢していたというように、葵も優も口を開いた。がみがみと、説教するように言うので、私はすっかり気分が悪くなってしまった。
(そこまで言わなくてもいいじゃん……)
確かにちょっとマナーが悪かったかもしれないけど、これぐらい普通じゃないかと思った。だって、運命の人と出会って落ち着いていられるわけがないじゃない。
私はそう弁解しようと思ったけれど、そんなことを言わせてくれるような雰囲気じゃなかった。フラれたばかりで落ち込んでいる私を励ますために連れてきてくれたのに、裏切られた気持ちになるのは分からないでもなかった。
謝りたくないけれど、自分に過失があると私は小さく頭を下げる。
「ごめん」
私が謝罪の言葉を言うと、二人は顔を見合わせてはあ……と大きなため息をついた。分かってたよ、とでもいうような顔に私はむっとしてしまう。二人して笑いものにしたいのだろうかと、そんな気さえ起こってくる。私がそんな微妙な顔をしていたから、二人はハッと顔を上げて、私の機嫌を取るように「あのさ」から、話を始めた。
「でも、確かにさっきの店員さんかっこよかったかもね。幸の好みっぽい」
「分かる気がする。ほら、優しいって感じの人、幸好きだもんね。幸が惚れちゃうのもわかるかも」
「本当?」
そう聞き返せば、「ほんと、ほんと」とわざとらしく首縦に振った。でも、私は単純なので、そういわれただけで嬉しくなってしまう。
「そうだよ! カッコいいもんね。絶対にアタックして、付き合いたい!」
「そ、それはどうかと思うけど……」
「まずは、連絡先から!」
「話、聞いて?」
同調してくれたくせに、後から違うとでもいうように、葵と優は私に抑えて、と言ってくる、でも、二人がたきつけたんだから、私はこの調子で絶対にあの店員さんの連絡先を聞こうと思った。まずは、店員さんが注文したものを持ってきてくれたから、それから考えよう。
そう思っていると、すぐにでもそのチャンスがやってきた。
トレーに宝石をちりばめたような卵色のシフォンケーキと、苦そうな匂いのコーヒー、かわいらしいガラスのグラスに入ったオレンジジュースをもって店員さんがやってきたのだ。
「お客様、注文されたシフォンケーキと、コーヒー、オレンジジュースをお持ちしました」
と、店員さんは、「こちらが、コーヒーになります」と、説明しながら私たちの目の前に注文したものを置いていく。コトン……と優しい音を立てて目の前に置かれたシフォンケーキは遠目で見るよりもきれいで、甘そうだった。
(メニューに載っていたのとそっくり。そのまま!)
先ほどは、手書きのメニューにあれこれ思っていたが、そのまま絵本から飛び出してきたようなシフォンケーキがおかれ、私は目を見開いた。たっぷりかけられた生クリームと、ふわふわのシフォン生地、そしてミルキーウェイのようにかけられた黄金色のメープルシロップと、ふわりと香ミント。そのすべてが調和しあって、プレートの上に上品に飾られていた。
「では、ごゆっくりどうぞ」
私がシフォンケーキに目を取られているうちに、店員さんは逃げるようにその場を去ろうとしていた。私は、しまったと、もう一度立ち上がって店員さんの腕をつかむ。このチャンスを逃したら、会計ぐらいしか会えない。いや、もしかしたら会計は店長さんがやるかもしれないと思い、私は店員さんのポケットに気付かれないように連絡先をねじ込んだ。
「お、お客様」
「私と、付き合ってください。一目惚れしました」
「お気持ちは嬉しいですが」
「なら、付き合ってください!」
私があきらめないことを悟ったのか、店員さんは視線をそらし額に手を当てた。私の押し切りがちだと思う。そういう、人の頼みが断れなさそうなところに付け込んでしまって悪いとは思っているけれど、これも恋愛の戦略の一つの方法だと私は思っている。
「僕のどこがいいんですか? お客様」
「優しいところ、カッコいいところ!」
店員さんは、誰にでもいえるでしょ、みたいな顔をして私を見てきたが、私はそう言わせないために追撃をする。
「そんなの、付き合ってから知っていけばいいと思う! 私は、店員さんのことこれから知っていきたい!」
私はもう一度店員さんの手をつかんだ。
「私、愛島幸って言います。店員さんのお名前は?」
「……四葉、海沢四葉です。手を離してもらってもいいですか?」
「付き合ってくれるって言ったら、話します」
「そんな無茶苦茶な」
と、店員さん、改め四葉さんは頭を抱えていた。だが、私が本気だとわかったのか、「分かったから」と手を離すように言う。
「分かった、付き合うよ。でも、このことは、内緒にしてね。君のためでもあるから」
「分かりました! ありがとうございます」
はあ……と大きなため息をついて、四葉さんはとぼとぼと厨房へ戻っていった。そんな彼の背中を見送って、頼りないなあと思いつつも、新しい恋人ができたことに、私は胸を弾ませた。
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