02 寒い日
「うわっ、さむ!」
ひゅうぅと音がはっきりと聞えるぐらい強く風が吹き付け、私は身体を震わせた。隣を歩いていた友達は指を指して私のことを笑っていた。
「だって、幸、ブレザー着てないんだもん。そりゃ寒いよ」
「着ないの?もう、そろそろきなって。風邪引くよ?」
「まだ、いけるもん。まだ私、ブラウスだけでいけるもん」
そう返せば、二人は「強がり~」と二人顔を合わせて笑っていた。
高校二年生の秋。仲のいい友達の、天竺葵と野薔薇優と歩くこの時間が私は大好きだった。通い慣れた通学路を他愛もない話をして歩くこの時間が、私は大好きだ。
葵と優とは中学校からの付き合いで、地元の公立校に三人とも合格し、高校でも二年とも一緒のクラスだ。葵はショートカットヘアのボーイッシュな女子で、優はハーフアップにした一見するとお嬢様っぽく見える女子。
彼女たちは、私がブラウスとプリッツスカートだけなのを見て、寒くないかと心配半分、呆れ半分といった感じに見ていた。私達の学校の冬服は、ブラウスの上にセーターかベスト、その上からブレザーを羽織るというスタイルだ。
一気に冷え込んだここ数日で、学校内では冬服に衣替えした生徒が多い。その中で私は、クラスで一人だけ夏服のままだ。
「幸ってそういう所あるよね。子供っぽいっていうか」
「いるよねー、小学校の頃年から年中半袖短パンみたいな」
と、二人してねーと顔を合わせて笑う葵と優。
私はそんな二人を見て少しイラッとしつつも、もう一度「まだいける」と口に出して言う。
そんな風に、私の制服問題から今度は流行のお菓子の話にうつったところで、ピコンとスマホから聞き慣れた機械音が鳴った。
「あっ、きっと彼氏からだ!」
私は足を止めて、鞄の中をまさぐった。三人でとったプリクラが挟んであるピンク色のスマホを取り出して、急いでロックを解除する。
「森君から?」
「いや、森君はこの間別れてたじゃん。相澤君じゃない?」
葵と優は、口々に言う。
私はそんな二人の会話を聞きつつ、落ち着かない指でメッセージを確認する。
「どっちも違うよ。山本君から」
「えー、いつ相澤君と別れたのよ」
と、葵が。優は呆れたと、肩をすくめていた。
私は、葵の質問に対して、三週間前と答えつつ、今の彼氏の山本君からのメッセージに目を通す。中々読み込まないメッセージにまたちょっとイラッとしつつも、それまでのラブラブな会話を眺めながら頬を緩ませていた。
「あんた、本当に飽きないわよね。一番長く付合っていたのって何週間よ」
「何週間じゃないもん。一ヶ月」
「それにしても、短すぎじゃない。幸、学校出なんて言われてるか知ってる?」
「知らなーい」
「ビッチとか言われてるんだよ。彼氏がころころ変わるから。それに、一目惚れしました、付合って下さい。なんて突撃告白するもんだから」
そう葵と優は、少し強めの口調で言った。私の悪口に対して怒ってくれているのか、私に呆れているのかはさておき、実際そうなのだから勝手に言わせておけば良いと思ったのだ。
付合ってと告白して、オッケーしたのはあっちだし、それで別れようなんて言い出すのはあっちだから、私は悪くないと思っている。フラれるのはショックだけど、そのたび新しい恋を見つけられて、楽しいと思っているのも事実である。
「だってさ、愛されたいじゃん」
「不特定多数に?」
「うーん、それは別に気にしてない。でも、兎に角、愛されたいの! ちょっとの間でも良いから、彼女だーって大切にされたいの」
「つまり、貢いでもらいたいって事?」
優は聞く。私はその質問に対して首を横に振る。
さすがに、そこまで性格は悪くないと思っている。
貢いで欲しいわけじゃない。でも、愛して欲しい。愛して貰えることが幸せだと思っているから。私は名の通り、幸せを感じれたらそれでいいと思っている。
そうして、二人の会話をサラッと流しつつ、ようやく読み込んだメッセージを見て私はその場にへたり込んだ。
「うわあああんっ!」
「ど、どうしたの? 幸」
いきなり泣き出した私を心配し、二人は私の背中を撫でながら一緒になってしゃがみ込んで、私の手に握られたスマホをちらりと覗く。
「フラれた。別れるって」
「あー」
「あちゃー」
二人はまたか。と声を漏らす。
私は、画面に表示された。「別れよう」の文字が頭から離れず、その場でずっと泣いていた。好きだった。今までの彼氏とは違って上手くいっていると思っていた。でも、あっちは違ったようで、それから暫くしてブロックされましたと表示され、さらに私の頭は真っ白になった。何がダメだったんだろう。
「ね、ね、私何か悪いことしたかな? 気に障ることしたかな」
「さ、さあ……」
「幸は可愛いから、きっと釣り合わないと思ったんだよ」
と、二人して私を宥めてくれたが、心にもないことをとフラれたショックで強く当たってしまう。それでも二人は、仕方ない。と私の肩をポンと優しく叩いた。
「そうだ、失恋記念に美味しいもの食べに行こうよ。甘いもの食べたらきっと忘れるって」
「記念じゃない。でも、甘いものは食べたい」
「そうよ。最近、良いお店見つけてね。そこのシフォンケーキ食べたら、山本君の事なんて忘れるって」
「うん」
それじゃあ、立とうか。と二人の手を取りながら私は何とか立ち上がった。
立ち上がった瞬間、またあの音の鳴る風が、一段と強く拭き足の隙間を通り抜けていく。
「……明日から、ブレザー着る」
私、愛島幸は、あまりの寒さと失恋のショックにそう宣言した。それを聞いた葵と優は、くすりと笑い。「それじゃあ、いこうか」と私の手を引いた。
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