崇高な愛 6




「っ!」

「フィーネ様?」

「あ、え、ロ、ロミー、彼はその」

『僕は君、以外に見えないよ?』

「……」

「どうかされましたか?」

「…………なんでもないの。ごめんなさい」

「ふふっ、変なフィーネ様」


 ロミーはさして気にせずに、フィーネの髪を編み込んでいく、それからフィーネのお気に入りの髪飾りを縛り目の部分を留めた。


 その髪飾りは、四葉のクローバーのモチーフがついている、控えめなものだ。しかしゴールドでできているのでフィーネの髪色ともなじみがよい。揺れるダイヤがしずくのようについていて、それらはキラキラと反射して上品に存在を主張している。


『それ、いつから持ってるの?』

「……、……その髪飾り、昔から使っているけれど長持ちですよね」

「? そうですね。一度も買い替えたことはありませんし、私がお仕えする前から、フィーネ様は使われていますね」


 背後からフィーネを見ていたカミルは、ふと疑問に思って、フィーネに問いかけた。


 こうして、人がいるときに話しかけてもフィーネは即座に会話をしつつ違和感なく返事を返してくれるのを、カミルは前のフィーネといた時から知っていたので、話しかけたのだ。しかし今日初めてそれをされたフィーネは若干焦りつつも、確かにこの髪飾りはいつから使っていたのだっけ?と少し疑問に思った。


 カミルがいつから持っているのかと聞いたということは、前のフィーネも長く愛用していたのだと思うのだが、出所は正直覚えていない。


 それほど昔から持っていて、そして、割と大切にしている代物だった。だってクローバーのモチーフでそれも四葉なのだ、植物のモチーフのものは最近流行っているがこればっかりは、そんな流行りが来る前から、持っている不思議なものだ。


「お母さまに買ってもらったのだと思うけど、どこの商会から買ったか分からないから、買い換えられないし、今のものを大切に使わないとね」

「ええ、年季は入っていますが、とても精巧な作りですのでまだまだ持つと思いますけれど、そうするに越したことはありませんね」


 ロミーはフィーネの言葉に同意して、最後にコロンを髪に吹き付けて、身支度を終える。


 食事の用意のためにロミーは一度下がっていき、部屋にはカミルとフィーネの二人だけになった。途端にどっと驚きと疲れがやってきて、ドレッサーに腰かけたまま、はあっと小さくため息をついてうなだれた。


「……カミル。貴方って本当に何者なの?」

『さーね!あててみてよ!』


 いたずらっぽく微笑むカミルは昨日の通りにそこに存在しているのに、まったく存在していないように声以外の音を発しないし、影だってない。それに、昨日とまったく同じ服装だ。似た系統の服ではない、ボタンの数も、丈の長さもまったく変わらない。


 ……人間じゃないって事は、分かってるのにどうしても恐れることができないのもまた怖い所よね。


 普通はもっと、理解できない存在に怯えたり、そんな感情があってもおかしくないはずなのに、フィーネの中には、昨日の出来事も全部夢ではなかったのかという、安堵と落胆の気持ちが混ざり合った感情があるだけで、それ以外には、すこし彼が、姿を現してくれたことへの安心感がある。


『それより聞いた?ベティーナが今日、侯爵邸にお呼ばれみたいだ、それも魔法の勉強会、あの平民の彼女がどんな風に魔法を使ってるのか、見られるいい機会だ』

「……まさか、私に乗り込めって言ってる?」

『他にどんな風に聞こえるの?』

「……」


 屈託なく笑顔を向けるカミルは、無邪気に何も知らずにそんな発言をしているのか、それとも、今のベティーナの状況を理解して言っているのか分からない。後者であればカミルはとても事情を深く理解しているのだなと思う。それにフィーネも乗り込むことは、できない事ではない事を理解していた。


 貴族としての地位のない人間を招待客にするなど、侯爵ともなる上位貴族がすることは出来ない。なので招待状は、フィーネの名前で届いている。


 それの代理するという形をとってベティーナはその集まりに参加する、それに昔から将来が決まっているフィーネがそういう令嬢同士の集まりに参加するのではなく、パイプが必要なベティーナを代理で行かせることをフィーネも了承していた。


 だから招待状の本来の宛名である、フィーネが、急に行っても随分無礼な行為ではあるが追い返されるということは無いと思う。


 ……しかし、本当に、前の私はよく気が付かなかったわね。ベティーナが侯爵令嬢と接触しているだなんて、どう考えても平民にはもてあます繋がりだというのに……。


 そう今だからこそ、記憶を持っているからそう思うだけで、昨日の今日だ。記憶を手に入れてなかったら、ハンスと少しでも良好な関係になるために、王都の流行物を調べたり、勉学に精を出していただろうことは自分の事なので簡単に想像することができた。

 

 大きな目標があり、そして、露ほども疑っていない家族の違和感など、どんなに博識になろうとも気が付けるはずもない。


「……」


 この好機は、こうして記憶があるから得られるもので、そして、今は建国祭の時期であり、王都にある館にきているからこそ得られるものだった。


 領地の本邸の方へと戻ってしまえば、こんな機会も一年後までくることは無い、それにフィーネの事を支持してくれる人を探す手掛かりになるかもしれない。



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