欠落令嬢 11
『こんなこともできる。でも僕は、居なくならないよ?』
軽やかな少年らしいあどけない声がして、カミルが背後からフィーネの目を覆っているのだと理解することができてほっとする。
「……カミル、わかった。信用するわ。でも悪ふざけは止めて……」
フィーネは少し震える手でカミルの自分の目を覆っている手を掴む、それからカミルと向き合って、その手をしっかりと握った。
「お願い。……これでも私、驚いてるの、本当に心底。聞きたいことを聞くわ。だから、ね」
フィーネは本音で心からお願いするようにカミルに言った。彼がいなくなってしまえば、フィーネは本当に困り果ててしまう。そして、この状況に一人で考えて立ち向かわなければなくなってしまう。
それは、考えてみるだけで心細くて、初めから彼がフィーネの元に来なければそんなことは思わなかったはずだったのに。話の分かる人がいたはずなのに居なくなってしまったとなったら、初めからいなかった時よりきっとずっと辛く感じてしまうだろうと、強く思った。
カミルは、そんな不安げなフィーネのことを見上げて『ほんとだ』と感想みたいに言った。
『辛そう。やっぱりよく見ないと君は、なに考えてるのかわからないけど、あの人が言うような、欠落人間なんかじゃないよね……フィーネ』
「……」
あの人、それから欠落人間、その後の言葉を聞いて、フィーネはそれが誰を指しているのかすぐにわかった。それに、フィーネのことを知っているようなそぶりの彼は……。
「一つ、一つだけ。カミルの事について聞いてもいい?」
『いいよ』
「貴方は、前の私と面識があったの……?」
『……うん』
今のフィーネは知らないけれども、フィーネを知っていて、フィーネとハンスの関係も知っていてそれでいて、先程の”覚えていないのか”というカミルの問い。
それらを合わせて考えれば、前のフィーネとそれなりに親しくしていた相手なのだろうと理解ができる。
肯定したカミルに、やっぱりという気持ちがあってその記憶がどうして引き継がれてこなかったかには、疑問は残るけれども、きっとこんな風にフランクに接してくれるということは悪い関係ではなかったと思う。
……それだけで、きっと、前の私も少しは救われていたのでしょうね。
そんな風に思った。
『僕は、君の事あまりよくは知らないけれど、君はやり直したいって望んだんだって精霊王様から聞いた。だから僕はそれを助けに来た。君は僕のこと助けてくれたから』
「私が?」
『うん。……ねぇ、フィーネ。君は、君の愛しい妹に騙されている』
「っ、」
ふいに、カミルに言葉にされて、フィーネは息が詰まるような心地がして、小さくビクついた。
記憶を手に入れてから今まで考えないようにしていたことなだけあって、どうしても、すぐには反応を示せない。
『この話をするときだけは、分かりやすく反応するのも変わらないんだ』
「……、な、なにか、の間違いだと、思いたいわ」
『……』
「そうであるはず、だと、思う」
『受けれられない?』
図星を突かれてぐうの音も出ない。いつもなら、冷静になんだって論理的に考えて、すぐに理由や自分の考えが頭に浮かぶのに、フィーネの思考は、そんなはずはないという言葉に埋め尽くされていて、自分でもカミルの言った言葉がしっくり来た。
「……さっき、あんな風に記憶を思い出したばっかりで……少し吟味する時間が必要だと思うの、それ、に、混乱していて」
挙句の果てには、動揺をできるだけ悟られないように手で離してうつむいて、彼から視線をはずし窓をみた。
今日は月が明るくてよい夜である。こんな日に、夜の散歩にでも出たらとても心地がいいだろう。
……そうだ、すこし、散歩でもして気を紛らわせて、ありとあらゆる可能性を探って記憶をいったん考察してみよう。それがいい。
とそんなはずない事まで、考えて、口を開く。
「何かの誤解の可能性もあると思うのよ、きっと……ベティーナは、ただ」
『フィーネは頭がいいから、きっと、妹が裏切ってないつじつまが合う可能性を考えることもできるかもしれない。でも……見たらわかるよ!いこ』
「! ど、どこに」
『……密会』
そう言って、カミルはフィーネの手をとり軽やかに走り出した。そんな彼の手を振り払うことはフィーネにはできなくて、部屋履きのまま、ネグリジェの裾をはためかせて、ついていった。
廊下を駆ける足音は一人分しかしないのだった。
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