欠落令嬢 5
側仕えに頼らずフィーネは自分でお茶を入れて、今日のために屋敷の料理人に作ってもらって置いた、お茶菓子をそっとお皿に移す。毎年、建国祭の時にしか会えない彼に、フィーネはいつだって緊張してしまって、上手くやろうと頭をフル回転させて、一挙手一投足に気を使って、ハンスに接していた。
「今日のお茶菓子は、有名なパティシエが考案した流行りの物なんです、ぜひ召し上がってみてください」
「……ああ」
言葉少なに頷く彼に、フィーネは、いつも通りの反応だったことに安堵した。
なにせ、一年に一度しか会えないというのは、流石に長すぎる期間であり、彼の成長すら感じてしまうような、遠い親戚のような距離感なのだ。フィーネにとっては、家族以外と接する唯一の機会なのだが、それだってハンスにとっては数ある貴族とのお茶会の一つだと思うと、どうにも不公平に思えてきてしまう。
「如何ですか?」
けだるげに、アーモンドがたっぷり乗ったフロランタンを食べる彼に問いかける。
きっちりと整髪剤で整えられた金髪は今日も美しく、女性を、虜にしてやまないその顔立ちは不機嫌そうにしていても、やはり、絶世の美男子であった。
「……甘すぎるな」
「! さ、さようでしたか」
「それに、相変わらずつまらん女だな。お前は」
たしか、前回お会いした時に出したお茶菓子には、甘さが足りないと言っていた、だから今回は飛び切り甘いものを選んだ。けれども甘すぎたらしい。しかしそれほど、常識外れの甘さではないはずだ。実際フィーネも食べていたが、コクのあるキャラメリゼされた飴が香ばしくてそれでいて深みのある味わいだ。
……ハンス殿下のお気に召すお菓子を探すのは、次回への課題ね。
それに、もしかすると、一年間の間に成長によって、食の好みが変わったのかもしれないし、そう考えると、次回はそれも織り込んで、用意しなければならないとなると難易度が跳ねあがる。
そんな風に思考を巡らせてから、つまらない女だと言われたことを思い出して、なにか彼にとって面白い会話をと考える。
今やっている課題についてなら、ハンスとも、対等に話し合えるのではないかと早々に答えを見つけてフィーネは、できるだけフランクにビジネスの会話のようになってしまわないように心がけながら、微笑んで話し出した。
「申し訳ありません。こうして会いにきてくださっているのに……」
「まったくだ。お前のような女がフィアンセなんて、今から結婚後を考えて気がめいる」
「出来る限りハンス殿下のお気に召す女性になれるよう努力します。……将来、殿下のお役に立てるように、私なりに頑張ってはいるのですが、やはり、勉強というのは大変なものですね」
「フンッ……お前のような、愚図が出来ることなんかたかが知れていると思うが、どのあたりで躓いているのだ?一応、聞いてやる」
会話のキャッチボールが二往復以上続いてるなんて初めて会った時以来だ!とフィーネは気持ちの悪い喜びをかみしめつつ、少し、躓いているところも盛っていくらか、前に勉強した部分のことを話す。
だって、フィーネの数少ない話し相手のベティーナが言っていたのだ。
男は、少し不出来な女が好きなのだと。だから、本当は躓いてなんていなかったがそういう話し方をしたし、それにすこし、頭の悪さを盛った。
と言うか、だ、ベティーナの言った通り、フィーネは引きこもれるだけ恵まれているから、これほど勉強する時間があるのであって、他の人間はそうはいかない、だから勉強がそれほど苦もなく進んでいることをひけらかすようなことはあってはならないのだ。
「今はロイマーの提言を……政治学の分野はそれなりに理解できるのですがやはり哲学は人生経験が乏しい人間には理解しがたいのだと、先生も仰っていました」
言われたことは事実だ。王宮からフィーネを王妃にするために教育をする家庭教師がフィーネに派遣されている。なので、厳しいことはよく言われるが、努力で示せば彼らは、わりとすぐに黙るので、傷ついては居ない。
そして、自分を卑下するのはあまりよくないとはわかっていつつも、こうすることで、ハンスの機嫌が良くなるのならとフィーネは思って、ハンスのことを見た。
彼は、深海の海の色みたいな、その藍色瞳を少し陰らせて、目の前にいる、まったく可愛げのない女を見つめた。
年下のくせに、身分もハンスよりずっと下なのに、いつだって偉そうで、つまらない女を。
「当てつけか?」
「え?」
「お前の歳で、そんな、高等教育されるわけないだろう」
「そ、そんなはず……」
「実際、私のところには、そんな報告上がってないぞ」
「……申し訳……ありません」
指摘すれば、フィーネはすぐに謝罪した。ハンスは、なんだやっぱり当てつけだったのだなと思う。ついこの間、始めたばかりの課題の部分を、それも、ハンスにはまったく理解できなかったそのロイマーの提言をその歳でやっているなどありえない。
それに、ハンスの頭には、同じ歳の貴族の学友たちの両親にその話が漏れて、陰で王族であるエーデルシュタイン家の嫡男でありながら、頭の出来がよくないのではと言われていることが屈辱でならなかったのが、記憶に新しい。
なので、その事をこのいけ好かないフィアンセが揶揄っているのだとすぐに理解できた。
それに、フィーネの教育事情についてはきちんと教師たちから、報告を得ている。優秀な女の話など聞きたくもないし興味もなかったが、聞かざる得ないのだから仕方がない。
ハンスは考えながらイライラしていたが、その報告内容に大幅なハンスに対する忖度が入っていることを彼は理解できるほど柔軟な考えをもっていない。
さらには、フィーネは歳の割には優秀だと聞かされるだけで、彼女のいつだって隙を見せない完璧な笑顔が思い浮かんで、ハンスのコンプレックスを刺激する。そうなると、前から嫌いだったフィーネの事が憎くてたまらない相手になっていた。
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