欠落令嬢 3



 建国記念祭、それは、ユルニルド王国で行われるお祭りの中でも一番大きな祭典だ。


 平民たちはそれぞれ、建国に大きく貢献した精霊たちにふんした羽のモチーフを身に着けてその日一日中を豪勢な料理を食べて、お酒を飲み、それから華やかな音楽に乗って舞い踊り、国を脅かす魔物達を遠ざける。


 建国記念日というのはつまり、国の誕生日、誕生日は生まれた日であると同時に、魔力の一番豊富な日なのだ。つまりは、その分、魔力を求めるとされている魔物を寄せやすい。


 なので、日夜明るく過ごし、魔物を寄せ付けないようにして、国を守る立派な儀式なのだ。


「姉さま!姉さま!このドレスにはやっぱり髪を結い上げた方がいいかしら?それとも下ろして、お上品に?」

「ベティーナ。あんまり迷っていると、約束の時間に遅れてしまうんじゃない?」

「いーのよっ!イイ女は、男を待たせるものだわ!」

「……そういうもの?」

「ええ、そうよ!」


 自信満々にそう言うベティーナの事をフィーネは、私にはわからない感性だわと思いながらも、納得したように「そうね……」と返事をして、課題である、政治の本を閉じて、改めて美しいラベンダー色のドレスに身を包んだ妹の方へと向き直った。


「……お母さまは、たしか結いあげてたと思うわ。ベティーナ」

「違うわ、私は姉さまの意見が聞きたいの!」


 母の形見であるドレスだったので、それの着こなしなら、母と同じにすればいいと思ってのフィーネの提案だったのだが、それをベティーナは、むっと少し膨れて、拒否する。


 そう言われてしまうと、滅多に外出しないフィーネは、困ってしまう。自分のことですら、どんな服を着てどんな髪型がよいのかまったく分からないのに、これほど愛らしくて元から可愛らしい妹に、自分が何かアドバイスできるとは思えなかった。


「……知ってるでしょ。ベティ。私は、あまりそういう事に詳しくないの。大人しく侍女に見立ててもらって」


 しかし、ただ単に拒否するだけでは、少し角が立つかと思い妹を愛称で親しく呼んでやんわりと断る。それにフィーネだってまだ、デビュタントも迎えていない幼い少女だった。


 なので流石に、自分の母親の形見であるドレスを腹違いの妹が着用し、美しく着こなすアドバイスをするのは、少しだけ辛いものがあった。


「……」


 困ったように微笑んで、首を傾げる姉の姿にベティーナは、心底つまらなく思った。あからさまに機嫌を悪くして、フィーネに問いかける。


「ねえ、姉さま。姉さまの母さまの髪飾りがまだあったでしょ。私それが欲しい、それなら、おんなじ着こなしができるし完璧でしょ?」

「……お、同じじゃなくても、良いでしょう?確かに、お母さまのことを言ったのは私だけど……」


 考えてもみなかった切り返しに、フィーネは少し焦った。もう、お母さまの形見の多くは、ラベンダー色のドレス同様に、ベティーナにいくつも持っていかれてしまっている。


 手元に残っているのは、アクセサリーや小物ぐらいだ。数えたことは無かったがあといくつあるだろう。……そもそも、そうやって思い出の品を欲しがるのは、どうしてなのだろうという疑問もあったが、フィーネのことを慕っている可愛い妹が変な考えで言っているはずもない。


 フィーネが母を引き合いに出したからそう言っただけだ。いい案を提示すれば、形見に執着するはずもないだろう。


 そう考えて、別のもので代用できないかとフィーネは執務机から立ち上がってドレッサーに向かい、細かな金細工の美しいアクセサリーケースを開いた。


「どれか、私の持っている物の中で、欲しいものを上げるから、ね?」


 その中には、必要最低限の装飾品しか入っていなくて、ベティーナは、やっぱりこんな着飾ることをしないずぼらな姉の物よりも、姉が大切にしている、思い出の品の方が甘美に思えた。


「いや!ねえ早く出してよ!早くしないと待ち合わせに遅れちゃうわ!」

「そ、そんなこと言われても……」


 ベティーナは勝手知ったる素振りでフィーネのドレッサーの上から二番目の引き出しに手を伸ばした。その引き出しを勝手に開いて、フィーネの持っている、普段使いしない大切なアクセサリーを入れている、ガラスケースを取り出した。


「ベティ、お願い。なんなら、私が髪結いでもなんでも手伝ってあげるから」

「いーや!」


 プイっとそっぽを向いて、ガラスケースの中の美しい髪飾りを見る。それらはすべて上等なもので、ブローチなんかもあったが、ベティーナの目を引いたのは、フィーネの瞳の色と同じ夕日色の宝石のついた、バレッタだった。




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