第16話 チャリオットパンチ & デビルダンス
『戦車』……タロットカード大アルカナ7番目のカード。
正位置では事が思い通り、スピーディーに進展します。最終的に成功するかは、別のカードを参考にする必要があります。
逆位置では物事が思い通りに進まず、どう動いていいか分からずに混乱してしまいがちな状態を示します。
+ +
♬~~♪~~
お気に入りの曲をワイヤレスイヤホンで聞きながら駅の方に向かう。今日は休日。一日暇なので暇つぶしに読む本を探しに駅ビルの書店に向かっている。
「暑いな。もう夏か……」
テレビでは今日の気温は20度後半になると言っていた。最近は学校にも慣れてきて、この辺の土地も大方覚えて来た。
「あっ……すいません」
強くなった日差しのせいで目を細めてしまって前が見づらくなった。前が見づらくなったため一旦立ち止まっていると、通りすがりの人物がぶつかってきた。つい、癖で謝ってしまう。
「あ?」
「げぇ……」
相手は明らかにぶつかってはいけない類の人物だった。髪が長い。そのためかすべてまとめて後ろで縛っている。マンバンと言われる髪型だろう。それだけじゃない。耳には多くのピアスが付けられており首筋からはタゥーのようなものまで見え隠れしている。
「すいません」
「おぉん、悪かったな」
男は無気力そうな顔でそう言い残して去って行った。その後ろ姿を振り返って確認する……。
「……なっ!?」
見間違い?……違う。それならただのタトゥーか?いや、こんな偶然あるのか?じゃあ……なんで数字に痛みがないんだ?
すれ違った男の首筋。うなじよりも少し下の部分には悪魔のような模様の上に「XⅤ」の数字が刻まれていた。
「……どうする?」
想定していなかった。こんな時に出くわすなんて。でも……それじゃあ、なんで俺の手にある「0」の数字は何の反応もないんだ。「世界」の説明通りならゲームに参加している異能力者同士が互いに近づくと数字が刻まれている場所に痛みが走るはずなのに……。
「確かめるか……」
スマホを起動して、GPS位置情報の送信をONにしておく。これでもし俺が行方不明になったとしても手がかりにはなるはずだ。
そして、人生で初めての尾行が始まった。
+ +
「よお、てめぇか?ここに俺を呼びだした馬鹿は」
「……あぁ」
二人の男がテナントの入っていない雑居ビルの最上階で立っている。
部屋の真ん中で待っていた男はおもむろに椅子に腰かけた。元々はオフィスがあったのだろうか、古びた椅子や机などがわずかに残っている。
「近頃、うちの連中が相次いで失踪しててな……」
「あぁ……それで?」
「何か知ってんだろ?とぼけんなよタコ」
「ハハッ、そんなクソみてぇなことを聞くためにわざわざ俺を呼びだしたのか?部下に脅しまでさせて遠くから」
「こっちにも面子ってもんがあんだよ。このまま好き勝手にやられてたら他の連中に寝首を掻かれてもおかしくないんだよ」
明らかに怒っている。奴からは怒の色が溢れ出している。それに少しだけ黒い色も混ざっている。黒色の感情は殺意だ。
「セブンさん。なんでこいつなんかに聞くんですか?裏の情報網を使えばもっと詳しく分かるんじゃ……」
「あいつは夜の街の王だ。奴がそう呼ばれている理由はただ金を持っているだけじゃねぇ。歌舞伎町、下手したら東京全体の情報が奴のもとに流れていく」
「そんな……どうやって」
「金、人脈、ツテ、すべてだ」
セブンと呼ばれた大男は部下に伝える。自分の組織も大規模の部類には入ると思うが、それは規模の話だ。純粋に保有している資産、情報にはかなりの差がある。
「おい」
今度は入口の方に立っていた男が口を開く。その声にも怒気が含まれていた。まるで地獄の底から響いている悪魔の唸り声のような。
「……呼びつけておいてコソコソおしゃべりかよ」
「わりぃかよ?」
「……あぁ……死ね」
入口の方に立っている男がそう唸ると男の影から
「チィ……」
椅子に座っていた大男は素早く立ち上がり、腕をクロスさせて上半身をガードする。顎が2本、大男の腕に噛みつく。しかし、顎はその牙をめり込ませることはなく動かない。代わりに金属を切断するときのような音が部屋に響いている。
「ぎゃああぁあぁ」
骨をへし折るような音、肉を裂くような音が悲鳴と一緒にハーモニーを奏でている。
「おいおい。一人、悪魔の餌になっちまったなぁ」
「……悪魔が」
「おう、そうですが何か?」
まるで挑発するかのように両手を広げる。「悪魔」の番号を与えられ、この戦いに参加させられたのだから当たり前だ。
「殺してやるよ」
「出来るならなぁ、セブンさんよぉ」
「フンッ」
セブンと呼ばれた男は噛みついている顎を弾き飛ばす。その肉体はまるで黒曜石のように鈍く光っている。
「≪
「なっ?」
5mほど前方に居たはずなのにいつの間にか自分の懐に奴は居た。姿勢を低くし右の拳を自身の体に引きつけ構えている。
「ヌンッ」
「ガッ……」
その拳は俺の腹にめり込み骨を砕いていく、それでも止まらずセブンは拳を振りぬく。決して軽くはない俺の体がまるでボールのように飛び、壁に激突する。
「くっそ……なんつぅ馬鹿力だよぉ。イッテェなぁ」
「本気で殴ったつもりだったが、案外タフだな」
「お生憎様、悪魔なものでぇ」
腹の痛みが徐々に引いていく。「
「≪
囁くように告げていく。
「
「ほう」
現れたのは漆黒の翼。まるで堕天使のように艶やかな黒に染まった翼が生える。
「ひき肉にしてやるよぉ!」
黒い翼をしならせる。その拍子に黒い羽根が真っすぐセブンに飛んでいく。しかし、それらはセブンの肉体に当たった瞬間、甲高い金属音を上げながら弾かれた。
「てめぇのチャチな異能力で≪
「ハハハハ」
悪魔は嗤う事しか出来ない。嘲るように、侮蔑するように、嫌悪するように。
「……調子に乗んなよ」
セブンは駆け出す。真っすぐこちらに向かってくる。おそらく奴は今、とてつもなく油断している。勝ちを想像してしまった奴ほど弱い奴はいない。
「はぁ……やっぱつまんねぇ……死ね」
「っ!?」
セブンは驚愕の表情を顔に張り付けたまま後退する。何故か。理由は単純だ。自身の体に傷が付けられたからだ。俺の黒翼の先端が奴の上腕の一部をきれいにパックリと切った。
「馬鹿な……俺の最高強度が……」
「クヒッ……ケッハハハハハ」
先ほどから感情の整理が追い付いていない。「悪魔」の異能の代償だ。悪魔は負の感情を食らう。美味いものを食べれば喜ぶし、まずいものを食べればつまらなくなる。
「チィ……」
「あぁあ、ビビっちまったなぁ。セブン」
「何?」
悪魔は感情を読むことが出来る。ポジティブな物なら暖色系、ネガティブな物なら寒色系で見えてくる。
奴の心の中は戦闘による気分の高揚が1割、部下をやられた悔しさが1割、自分の異能力に対する自信が3割、そして残りの半分を俺の詳細の分からない異能力に対する恐怖心と疑問がう埋め尽くしている。
「じゃあなセブン。≪
右の手を前に突き出す。掌は虚空だけを握っている。セブンにはそう見えているはずだ。
「……フゥー。何だか知らねぇが無駄だぁぁぁあぁあ」
「ん?」
「≪
「なっ!?」
セブンはさっきよりも速いスピードで互いの距離を潰した。そして、異能力により強化された拳をボクシングの要領でワンツー、左右1回ずつ殴られる。当然、普通の人間ならここで頭蓋がぐちゃぐちゃになって死亡だ。でも……。
「バァア」
「フンッ」
殴られた衝撃で後方に倒れる、と見せかけての左足でのキックも奴の肉体にはダメージすら入らない。そして、そのまま足を掴まれた。
「がぁああ」
まるでクッキーを潰すような感覚で俺の足の骨が砕かれていく。当然、痛みがある。しかし、「悪魔」を使用している間、負の感情は自動的に悪魔が喰らっていくため恐怖心などは一切ない。
「イテェェェなあぁぁぁぁぁぁぁ」
背中に生えている黒い翼の先端をセブンの顔面目掛けて突き刺す。セブンは当然それを避ける。いくらセブンの肉体が強靭でも黒翼の先端は防ぎきれないとさっき理解したから。
「死ね」
ドゴンという壁が崩壊する音と共に俺の心臓はセブンの拳と壁に挟まれて潰れた。
「あ……」
「終わりだ」
心肺が停止する。悪魔の再生能力では重要臓器は修復することが出来ない。悪魔には内臓がないので治し方を知らないのだ。
心臓が無ければ人は死ぬ――――。
「――――あぁ、そうだな」
「っ!?なぜッ」
「やっと届いたぜぇ」
「な、何を……」
「潰せ。≪
「……ウグッ……ガハッ……これ……は」
不可視の手。悪魔の手は悪魔にしか見えない。本来、悪魔というのは実態を持たない。絵画や伝承で伝わっている悪魔の姿は所詮借り物に過ぎない。そして俺は今、本来の悪魔の腕を借りてセブンの心臓を握り潰した。
「どれだけ肉体を強化しようが、すり抜けられちゃぁ……意味ねぇよなぁ」
「クッソ……がぁ……」
「おやすみぃ」
セブンの巨大で強靭な肉体が力なく床に倒れた。
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