第14話 共同生活は突然に

「悪いな。今日からこいつはお前の家族だ」


「はぁあ?」


 朝から玄関先で大声を出してしまった。喉が痛い。普段出すことのない音量だから。



 

              +             +




「どういうことだよ?」


「悪いが部屋に入れてくれ。ここで騒ぐと迷惑になる」


 帝は玄関先から部屋の中に入って来る。それと一緒に居た少女も無言で隣を通り過ぎた。ズカズカと遠慮なく部屋に進んでいく。


「ていうか……ロビーのオートロックはどうしたんだよ?」


 帝と少女は何故か玄関の前に居た。俺は直前まで寝ていたのでオートロックを開けた覚えはない。


「異能で開けた」


 そうだ。こいつは無機物にすら命令出来るんだった。


「……」


「その……そっちは……なんで連れて来たの?」


 部屋に入って来た少女は未だに一言も喋らない。ただ、無言で部屋の隅に座っている。尽きない疑問のほんの一部を聞こうと帝に問う。


「だから言っただろう。今日から彼女はお前の家族だ」


「だから……もうちょっと前提から説明してくれ」


「そうだな。まずは自己紹介からだったな」


 帝は少女の方を向く。少女は黙ったままで下を向いている。部屋に沈黙が漂う、とても気まずい空気が部屋に流れる。


「……はぁ、『自己紹介しろ』」


「…………やだ」


「なっ……。わざわざ連れてきてやったのに」


「別に……連れて行ってほしいなんて言ってない」


 少女は呟くように言う。とても消え入りそうで、か細い声だ。最初に出会った時とはまるで別人のようだ。

 

「!?」


「?」


 少女は帝に手を伸ばす。その少女の手が帝に触れる……。


「ダメだ」


「!?」


 その前に少女の手首を掴んで止める。少女は驚いたようにこちらを向く。


「どうしたんだ?」


 帝は状況が分かっていない。なぜ俺が彼女の手を止めさせたのか。それは……。


 この前、消したはずのあの不可視の幽霊のような奴が少女と同じように帝に手を伸ばしていた。少女に触れた瞬間、そいつは消えた。


「……なんで?」


「ん?」


「なんで貴方に触れられるとあいつが消えるの?」


「さぁ?俺は異能力を無効化するだけ。だから多分、そいつは君の異能力なんじゃない?」


「異能……力?」


 少女は首を傾げるように聞き返す。まさか……この少女は異能力を知らないのか?てことはこの少女はゲームの参加者ではないのか……でも、確かに数字に痛みが走っている。


「帝、この子って数字持ってるの?」


「あぁ、俺も痛みを感じる。数字持ちで間違いない」


「数字ってこれの事?」


 少女はただなんの躊躇いもなく来ていたシャツを捲りあげた。少女の白い肌が露わになる。そのまま脱ぐのかと思い目を逸らしそうになるが、目を覆う前に少女のあばらの辺りに注目してしまった。


「13……」


 少女の胸の下、腹の上、ちょうどあばらの辺りに「XⅢ」とギリシャ数字が書かれていた。13番目……タロットで13番目は何だっけ?


「……死神」


「え?」


「タロットカードの大アルカナの13番目は「死神」だ」


 死神。前に公園でそして先程、出てきていたノイズの靄がかかった幽霊のような奴は死神ということか。そんでもってアスファルトを抉っていたのは異能力の効果。


「死神という名前とあの異能力を見ると想定できるのは物体の破壊、もしくは生命を殺害する異能力だと予想しているが……どうだ?」


「分からない。でも……多分そんな感じだと思う。」


 帝は少女に異能力の説明を求めるかのように鋭い眼光で少女を睨みつける。先ほど帝に触れようとしたのは明らかに異能力を使用するためだと今になって気づいたんだ。明らかに帝は警戒している。


「この力って……消せないの?」


「今のところ死ぬ以外の方法では無理だな。異能力者が居能力を消失したという事例は今のところ無い」


「そっか」


 少女は落胆したように下を向いてしまった。

 

「だが、異能力を一時的に無効化することが出来る奴ならここに居る」


「え?」


 再び少女が顔を上げる。

 

「こいつは触れた相手の異能力を無効化することが出来る」


「あ~うん。一応」


「こいつがお前に触れている間は異能力が発動しないし、暴発することもない」


 確かに無効化できるが、それは触れている間だけなので常時無効化は出来ない。少女がこちらを見てくる。


 改めて見ると美しい顔立ちをしている。下を向いていることが多く、そこまでまじまじと見ることが無かったので改めて思う。目の下の隈や、病的なまでに白い肌と唇を除けば端正な顔立ちだ。彼女の長い黒髪も彼女の不気味さを引き立てている気がするが、それ以上に妖艶な雰囲気が出ている。


「そこでだ」

 

 帝も俺の方を向いてくる。


「お前とこいつはここで暮らしてもらう。零、お前にはこの女の監視役と異能力を抑える役割を与える」


「え?……一緒に住むの?ここに?」

 

「あぁ。家族として当然だろ」


 最近、一人暮らしを始めてまだ慣れないことも多い中で年下の女の子と過ごさなければならないなんて正直、無理だ。


「ちょっとこっちに来い」


「なんだ?」


 おもむろに立ち上がり帝を座った状態のまま引きずって少女から距離を離す。少女に聞かれないようになるべく小さな声で。


「無理だろ。女の子だぞ」


「あいつもすでに了承している。生活できる場所があればそれで良いと言っていた」


「いやいや、俺の許可は?」


「ここにタダで住まわせてやっているんだ。文句があるなら出て行ってもいいぞ」


「お前が、俺を連れて来たんだろが」


 小声でそう言った口論をしていると……。少女がおずおずと声を出した。


「もし、迷惑だったら一言も喋らないから。お願い」


「うぅ……いや、そういう事じゃなくて……俺は嫌じゃないよ。でも君が嫌がるかなって」


 女の子にそのような態度で頼まれるとさすがに断ることなど出来ない。しかも、ここ以外に居場所が無いと言っているかのような説明の仕方だったので余計断れない。

 

「私は大丈夫です」


「そう?…………じゃあ、良いんだけど……」


「決まりだな。とりあえず荷物は後で揃えるとして、部屋はお互いに話し合って決めてくれ。俺は学校で転校の手続きをしてくる」


「え?もう行くの」


 この気まずい状況で二人きりされると思っていなかったのでどうしようと頭の中で考えを巡らせる。


「あぁ、明後日か明明後日辺りには学校に行けるように準備をしておけ」


「分かった」


「…………了解」



              +             +



 

 帝が部屋を出ていき、部屋の中に再び気まずい空気が流れ始めた。隣の女の子がチラチラとこちらを見ている気配を感じる。

 

「……で、名前……なんだっけ?」


 そもそも名前すら知らなかったことを思い出して、ぎこちない質問をしてしまった。

 

「四宮です。四ノ宮しのみや 朱音あかね


「朱音ちゃんね。俺は零」


「……零」


「……」


「……」


(えぇ……。気まずい~。ていうか、俺、女の子とこんな身近に話したことないぞ。)


「あっ……何か欲しいものとかある?」


「えっと……その…………下着」


「え゛?」

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