東京異能戦線~22人のタロットゲーム~

広井 海

第1章 タロットゲーム

プロローグ

東京都 新宿区 某所


 人通りの多い休日の昼下がり、窓からは他の建物を上から眺めることが出来るほどの高層階。全25階建てのホテルの22階の廊下に人が二人立っている。距離にして約15mほど、到底人同士が会話を行う距離ではない。そのためか、会話は無くお互いに睨み合うのみ。


「愚者か……」


 スーツを着込み、人間らしさが欠落した目の男が愚痴のようにある単語をこぼしながら駆け出した。それはとても一般人が出せる速度ではない。表情1つ変えることなく、オリンピックの金メダリストを凌ぐほどのスピードで走る。


「ふっ……」


 「愚者」と呼ばれたもう片方の男もほぼ同時に駆け出し、一瞬でお互いの距離が縮まる。


「あぁ?」


 スーツの男の勢いが突然、消える。スーツの男は目だけを下に落として足元を見る。そこには黒塗りの鎖が巻き付き、がっちりと固定されている自身の足がある。気にするべきなのは鎖本体ではなくそれが場所だ。


 その鎖の端には楔のようなものが付いているが、もう一方の端は床に埋まっていた。まるで床から楔が先端に着いた鎖が生えて来たかのように……。


「ふんっ……」

 

「くっ……」


 スーツの男が立ち止まっている隙に、「愚者」が距離を詰め右の拳を振るう。スーツの男は眉すら動かさずに、冷静に自分の左腕を畳みその拳を左肘で受け止める。


「シッ……」


 口から空気を吐きながら、「愚者」は殴った右手を戻しつつ重心を右に寄せて、左足を蹴り上げる。「愚者」の左足もスーツの男は難なく右手で受け止めたが、それだけでは終わらない。

 

「ぐっ……」


「愚者」は受け止められた左足を戻すことなく、わずかにずらしさっきよりも高い位置をバネのようにもう一度蹴り上げた。格闘技で言う二段蹴りだ。


 今度は受けきれずスーツの男のこめかみのあたりにつま先がめり込む。鈍い音と共にスーツの男は反射的に後ろに下がる。


 しかし、先ほどと同じように「愚者」は勢いよく飛び出す。しかし、スーツの男は動かない。その代わりに溜息をつきながら、腰の後ろに手を回して何か黒いものを取り出した。黒塗りの銃だ。


「はっ……能力じゃ勝てねぇと踏んで得物に頼んのか?あぁ?」


「……つまらない」


 スーツの男は一切の躊躇などなく引き金を引く。その回数は6回。銃身の先端に取り付けているパーツのせいか思ったよりも音は小さいが、それでも爆竹のような大きな音が立て続けに鳴る。 弾は勢いを落とすことなく正確に「愚者」の体めがけて飛んでいく。


「残念。外れ」


 銃弾は「愚者」の体に到達することなく空中で障害物に当たりあらぬ方向へ飛んで行った。「愚者」が立ち止まった位置のすぐ目の前から、なぜか黒い鎖が生えて、ちょうどそれが盾のように銃弾を防いだ。


「それがお前のか……」


「俺は見せたんだ。お前もちょっとは見せろよ」


「もう既にやってる」


「はぁ?」



 スーツの男は重く響く声でそう呟くと、ホテルの部屋の中だけでなく窓越しの外からも人の叫び声が聞こえてくる。


 チラッと窓の外を見ると何故か自動車や人が22階であるこの場所と同じ高さに居た。いや、それらはまるで高所から落下するスピードと同じくらいの速度で


「チッ」


 今度は「愚者」が舌打ちをしながらスーツの男の方にとびかかる。スーツの男は取り出した銃をそのまま空中に居る「愚者」に向かって銃を撃つ。4回の銃声の後に引き金が動かなくなる。弾切れだ。


「当たんねぇって」


 本来、身動きの取れない空中にいたはずの「愚者」はなぜか空中に浮いている。いや、浮いているのではなく壁と壁の間に鎖を生やしその上に立っている。鎖から飛び降りてスーツの男の脳天をカチ割るために踵を振り下ろす。


「……やはり反転の影響を受けないか」


「そうだ……ねっ!」

 

「くっ……」


 スーツの男は腕を頭の上に出して、踵落としを受けきる。しかし、鈍い音を立てて受けたスーツの男は眉をわずかに動かす。


 それと同時に周囲からものすごい物音が鳴り響く。ベッドが床に勢いよく落ちる音、人の悲鳴、車が、人が、落ち葉が、枝木が、石ころが、空から降ってくるのが見えた。


「やはり……お前の異能は……」


「おらっ!」


「愚者」は2,3歩後ろに下がり、右腕を振りかぶる。その瞬間、右の掌から黒い鎖が飛びだした。それをまるで鞭のようにそれをスーツの男に向かって全力で振り下ろす。鎖の先端に付いている楔は天井を抉りながらスーツの男を殺しにかかる。


「異能が効かないのなら……」


 そういって、スーツの男は体勢を低くする。鎖と楔は男がさっきまで立っていた場所を通り過ぎる。スーツの男は床に手を置いて唱える。


「物質結合、反転」


「はぁ?」


 スーツの男の声が聞こえたと同時に床が崩れ落ちる。さっきまで何もなかった床にひびが入り、床のみが崩落した。


「そういう異能か」


「愚者」は2回ほど聞いた単語を脳で解析する。「反転」。相手の異能はおそらく現象、物質はたまた物理法則さえも逆転させることが出来るのだろう。


 相手もおそらく俺の異能の正体を見抜いている。そうなってくるとおそらく相手は異能ではなく、銃などの物理攻撃で仕留めに来るだろう。


「くっそ」


 もう既に二階以上は落ちている。視界は床の残骸の土煙で覆われているため、相手を見失った。浮遊感に襲われてからわずか3秒ほどで床に激突する。体感で4,5階分は落ちた気がする。何とか受け身を取って体勢を立て直す。

 

 ガチャッ……


 ホテルの宿泊客の悲鳴、外からの喧騒、それに混じって微かに金属同士がこすれる音と何かがはまる音が聞こえる。リロード。床を砕いたのではなくバラバラに分解したため、未だに砂ぼこりが舞っていて、視界は最悪だ。

 

「視界精度、反転」


 すかさずダンッ、ダンッと銃声が二発。

 

「そうくるか……」


 自身の周囲に出せるだけの鎖を展開する。数としては100本にも満たないが、その分高密度にまとめて展開している。


 さっきも聞いた銃弾が俺の鎖に弾かれる音。しかし、それは一発分。もう一発は……。


「……くっ」


 銃弾は左肩を掠めていた。傷自体は浅い。銃弾を弾く音は後ろから聞こえたが正確な位置までは分からない。


「まずいなぁ」


 おそらく相手は俺の姿が見えている。今度は急所を狙ってくるだろう。どんだけめちゃくちゃな異能力を持った奴でも体の組成は人間なので、銃で頭を撃たれれば死ぬし、瓦礫の下敷きになれば重症は免れない。


 銃声、銃声、銃声、銃声、銃声


 5発ほど銃声が鳴る。気づいたら最初の銃弾は目の前にまで迫って来ていた。避けられない。


「やっば……」


 声が漏れるがそれでは銃弾は止まらない。死……



 

「『止まれ』」


 声が鳴り響く。周囲の人間の叫び声、物音、銃声、とても人の声が響くほどの環境とは思えないが、何故かその声はハッキリと耳に届いた。


 その声が響くと銃弾はおろか、周囲に散乱している砂ぼこりまでもその場で静止している。静止している銃弾を鎖で弾き飛ばす。


みかど


「『晴れろ』」


 一呼吸置いてまた良く反響する声が聞こえて来た。その声が聞こえた瞬間、砂ぼこりが霧散した。砂ぼこりが晴れると割と近い距離に奴が居た。奴は目を細めている。


「反転」


 ぼそりと呟くように異能を発動する。視界の精度が戻ったのか、スーツの男は俺の後ろにいる男を見ると瞬時に状況を判断する。


「2対1か……」


「一応、言っておくけど逃がさねぇよ」


「……3、2、1……」


「!?」


 ふと窓の外をチラリと見る。17階である窓の外からが降って来た。比喩などではない。正真正銘、太陽が外から降って来た。

 

「『避けろ!』」


 背後から声が聞こえた瞬間、襟首を掴まれ後ろに引っ張られる。それと同時に全身の筋肉を稼働して後ろに跳んだ。さっきまで立っていた場所は眩い閃光に包まれて消えた。


 強烈な閃光と轟音と圧倒的な熱が全身を襲う。

 

「おいっ、「吊るされた男ハングドマン」。何をやってる」


「すまない。「太陽サン」、相手の異能が想定外だった」

 

 会話が聞こえる。スーツの男の声とおそらく若い男の声が聞こえる。爆音で耳が軋んでいるためところどころ聞き取れない部分があるが、おそらく奴の仲間だろう。


「これで2対2だな」


 0「愚者」、Ⅳ「皇帝」、Ⅻ「吊るされた男」、XIX「太陽」


 ≪タロットカード≫の大アルカナたちが4人、同じ場所にそろってしまった。

 

 自身の望む『世界』を賭けた、異能力者22人同士による殺し合いのゲーム。それに巻き込まれた、本来存在しないはずの0番目の異能力者、愚上ぐじょう れいは深呼吸をしつつ、眼前の敵を今一度捉える。


「あぁ……これが戦争ゲームか……」




             +             +

あとがき


こんにちは広井 海です。

今回、カクヨムコン9のために初めてラブコメ以外の作品を書いてみました。


東京で繰り広げられる異能力者同士の戦いをぜひお楽しみください。


少しでも良いなと思ったら、☆、♡、フォローよろしくお願いします。

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