心に防弾チョッキを着せましょう

ちびまるフォイ

気にしなくなるという無敵

「〇〇って、ちょっとオタクっぽいところあるもんね~~」


「あ、あはは。たしかにーー」


女友達との何気ない会話だった。

テキトーに笑ってごまかしたが顔はひきつっていた。


学校が終わってからもその言葉だけが頭で繰り返される。


「別に悪気なんてないに決まってる。言葉のあやだもん……」


口では気にしてないと唱えても、

頭がそればっかりに専有されていることで体調変化はまぬがれなかった。


翌朝、朝食の多くを残したのを見かねた母が言う。


「……どうしたの。こんなに残して」


「食欲ないだけ」


「いつもはもっと食べるじゃない」


「今日はお腹痛いし……学校いかない……」


「そ、そう」


かつていじめられた過去がある母は何かを察するようにそれ以上の追求をさけた。

私はというと、一応は仮病を演じる必要があったので部屋で寝ていた。


すると、母が薬を持ってきた。


「なにかつらいことがあるんでしょう。これを飲むといいわ」


「なにその薬」


「心チョッキよ。私は学校でつらいときに使っていたわ」


「こ、心チョッキ?」


「防弾チョッキってあるでしょう? それの心Verよ。

 飲めば、たいていのことには傷つかなくなるの」


「そんなまさか……」

「まあ飲んでみて」


強引なススメを断れず薬をあおった。

薬を飲んでからはさっきまで頭で繰り返された悩みのダメージが減った。


芯を食うような悪口だった言葉が、

まるで笑いながら「バカだなぁw」と言われるくらいの軽いものな気がしてきた。


「す、すごい……。これが心チョッキ」


「ほら、最近ではえすねすえす……? とかで

 悪口や陰口で傷つくことが多いんでしょう。

 あなたは繊細だから、つらいときは心に防具を着せるといいわ」


「あ、ありがとう」


翌日に学校へ行っても心にチョッキを着せてるせいか、

普段より人の言葉が気にならなくなった。


やがて薬が切れ始めて心からチョッキが失われる。


「ねえ、〇〇。国語のノート見せてくれない?」


「えっ……」


それってどういう意味?

私なら見せてくれるちょろい人だと思ってる?


私だって自分の勉強でも使いたいのに。


遠回しにお前なんか勉強しなくっても同じだってこと?


「い、いいけど……」


「ありがと!!」


友達はそれだけ言ってノートをかっさらってしまった。


残された私はあいかわらず納得できなかった。


その「ありがとう」はなんの意味?

もしかして、私が都合いい人間でいてくれてありがとうってこと?


なんでそんなこと言うの。

どうしてみんな私を傷つけようとするの。


ぐるぐる考えると顔色がみるみる悪くなっていく。


「〇〇さん、具合悪いの? 保健室にいったら?」


それって早くここから消えろってこと?

私はこのクラスの一員じゃないってこと?


ますます気分が悪くなり、たまらず心チョッキの薬をあおった。


すると、それまで言われていた言葉が言葉通りの意味しか感じられなくなった。


「保健室いかなくて大丈夫?」


「え? あ、うん。もう大丈夫」


他人の心無い言葉の数々も心にチョッキを着せればもう平気。

もうこの薬は生きるのに手放せない。


私は薬を水よりも常飲するようになった。


数日後、毎日元気いっぱいになった娘を母がなぜか心配した。


「ちょっと……最近大丈夫?」


「なにが?」


聞きながら私は心にチョッキを着せた。


「最近、心チョッキ使いすぎじゃない?」


「お母さんだって昔使ってたんでしょ」


「でも、ほらお母さんは途中でやめたし、あなたほど毎日飲んでなかったわ」


「それで?」


「薬に頼りすぎるのはよくないんじゃないってことよ」


私は長いため息をついた。


もし、心チョッキを着ていなかったら、朝から親に叱られて凹むところだった。

でも今はなにも感じない。


「あのさ、お母さんの時代と私の時代はちがうの。

 今はいろんなところで情報が入ってくるわけ。

 心チョッキも昔よりずっと必要なの!」


「でも、チョッキを使いすぎるとあなたの心も……」


「ああもううるさいなぁ。それじゃなに?

 私はおとなしく学校へ行って、毎日傷ついていくのが健康的だって言いたいの?」


「そうは言ってないわ!」


「そう言ってるようなものじゃない!

 なんでみんな私を傷つけようとするの!

 どうして私から逃げ道を奪おうとするのよ!!」


「違うのよ! 心チョッキは心の痛みを防ぐんじゃなくて、単に痛みをーー」


「うるさいうるさい!! もうほっといて!!」


思い切り突き飛ばしたときだった。

足の悪い母はよろよろと後ろにたおれ、そのままテーブルのへりに後頭部をぶつけた。


床に倒れたまま、ただ動かなくなってしまった。


「お、お母さん……?」


床に広がる血だまりが「死」を意識させる。



そんな状態であっても私は何も思わなかった。


ただ、その光景を認識して何も思わない自分に驚いていた。


「私……どうしちゃったの……」


女手ひとつで育ててくれた母が今まさに命を失おうとしている。

けれど自分は慌てるでも悲しむでもなく、ただぼーっとしていた。


"ああ、血が出てるな"くらいにしか感じない。


その程度しか心の揺れ動かない自分をどこか客観視していた。



「私、感情を失っちゃったの……。違うよね……。

 これはだって、チョッキの効能がまだ出てるだけだもん。

 

 本来の私はもっと感情豊かできっとお母さんが倒れたらもっと悲しむはずだもん……!」





とっくに薬の効果なんかなくなっていた。


それでも私は、母が勝手に転倒したと偽装したことに対しても、なんの感情もわかなかった。

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