死に戻り皇女の生存戦略。毒殺された皇女は生存ルートを模索する。

白鷺雨月

第1話凛明は死に戻る

体中の関節すべてが痛む。空腹のため、意識がもうろうとする。最後に食べ物を口にしたのはいつだろうか。確か三日まえだったっけ。野菜くずの煮物を口にしたのが最後だったな。


こう凛明りんめい、表を上げよ」

低い声がする。私はその声がした方向を見る。

玉座に大柄な男が座っている。

本来ならそこには私の父が座っていたはずだが、別の人物が腰かけている。

その男の名はたい史真ししんといった。だが、今はその名で呼ぶものはいない。

いならぶものたちは彼を皇帝陛下と呼ぶ。

皇帝の名を呼ぶのは不敬の極みだからである。

そう、玉座にすわるこの男太史真は我が父を殺し、代わりに皇帝の座についたのだ。


半年におよぶ石牢での幽閉生活のため、私の体はぼろぼろだ。食事もろくに与えられていないので、意識がまともに保てない。どこか夢を見ている気持ちだ。


周囲がざわついている。

「あれが皇女の姿か……」

そんな声が聞こえる。

着替えも与えられていないので服は半年前のままだ。ところどころ擦りきれて穴が空いている。水浴びさえさせてもらえなかったので、ひどい匂いがする。

本来の私は綺麗好きだったのに、これは屈辱であった。


「こやつの罪を読み上げよ」

太史真が配下の者に命令する。


「逆賊こう凛明りんめいの罪は三つであります。一つ目は国庫を私物化し贅沢をした。二つ目は夫がいるにもかかわらず愛人を囲い快楽を貪った。三つ目は暴力を好み他者を傷つけたものであります」

太史真の部下が大声で読み上げる。

宮殿中に響く、大きな声であった。


すべて嘘だ。

そんなことはやっていない。

私は無実を叫ぼうとするが、うーうーとうめくだけで精一杯だ。

恐らくだが、たまにでたわずかな食物に薬物が混ぜられていたのだろう。

意識がはっきりせず、どこか夢心地なのはそのためだと思われた。

「あれか、米がなければ肉を食べればいいか」

文官の一人が言う。

自称皇帝の前での私語だが、奴はそれをとがめない。

それも違う。

そんなことは言っていない。だけど私の声は言葉にならない。


「恐れながら皇帝陛下に申し上げます。皇女殿下はそのようなことはなさっておりません」

いならぶ郡臣の中から一人の男が声を発する。その男は秀麗な容姿をしていた。漆黒の服を着ている。

漆黒の服は宦官の証だ。

後宮の妃たちに仕えるため、男性機能を特別な手術で取り去ったものたちである。

子孫の残せない彼らは帝国での地位はもっとも低い。

そんな宦官がこのような場で発言するなど死罪は当然である。


太史真はその声の主を見る。

次元じげんよ、そなたの功績により今の言は聞かなかったことにしてやろう。下がって好きな本でも読んでおけ」

眉間にしわをよせ、太史真は言う。

武官に連れられその宦官はどこかに連れられていった。


玉座の間は沈黙に包まれた。

皆の呼吸音だけが響く。

やがて太史真は口を開く。

「逆賊虹凛明に死を命ずる。もと皇族であったことを考え、毒酒による死を与える」

その太史真の発言に誰も異を唱えない。

私に味方してくれたのはあの宦官だけなのか。

心の中に絶望だけが広がる。

すぐに部下の一人が酒瓶を持ってくる。

それは異国から輸入されたぶどう酒であった。

その酒瓶の口を私の口にあてる。拒否しようとしたが、部下の一人が私の頬をつかみ無理やり飲まされる。何度もむせて、はいてしまうがそれでも無理矢理飲まされる。

ぶどう酒を飲まされた直後、胸に激痛が走る。息ができない。ぜーぜーとあえぐが、心臓と肺が痛み、空気をとりいれることができない。

私にできるのは胸をかきむしることだけであった。

やがて、全身から力が抜け、勝手にけいれんをはじめる。

抗えない眠気が襲い、私は意識を失った。




「うわぁー!!」

悲鳴をあげ、私はめをさます。

温かく柔らかな感触が体を包んでいる。

あれっ私は死んだのでは……。

全身びっしょりと汗をかいている。


「皇女殿下、いかがなされました」

私の悲鳴を聞きつけた女官の一人があわただしく室内に入ってくる。

この女官の顔は見覚えがある。

私にかつて仕えていたものだ。

「はあっはあっ」

あの胸の痛みがまだ残っている。

痛みをかかえながら、私は周囲を見渡す。

そこはかつて私が生活していた後宮の一室だ。結婚する前に住んでいたところだ。

「殿下どうなされました?」

女官が手拭いで汗を拭いてくれる。

目の細い女官は私のために桶に水をいれて、持ってきてくれた。

女官は手拭いをしぼり、私の顔や体をふいてくれる。

私は何気なく桶の水を見る。

その水面に写る私はかなり若い。

どういうことだ?

「私は何歳だ?」

試しに女官に聞いてみた。

「何をおっしゃっているのですか、殿下。殿下は今年十四歳になったばかりですよ」

こんな奇妙な質問に女官は丁寧にこたえる。

どういうことだろうか、私は十歳若返ってしまった。



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