筒井くんと眠る夜 -年下ワンコ系男子は御曹司への嫉妬を隠さない-

ねじまきねずみ

第1話 小夜子と筒井くん1

小夜子さよこは今夜も無理?」

「ごめんね。荷物の受け取り、今夜にしちゃって。新しいクレカだから今日受け取りたいの」

「せっかくの水曜の夜なのに〜」

「一人暮らしだから残業が無い時が狙い目なの」

いわゆるノー残業デーってやつである水曜の夜、同僚との食事を断って長い髪をなびかせて小走りで帰宅の途に着く。

荷物の受け取りなんて嘘……ううん、嘘ってわけではないけど……


「ただいま」

リビングに入るとソファに座っている彼がこちらを振り向く。

「おかえり小夜ちゃん。さっき郵便来たから受け取って机の上に置いといた」

「ありがと」

「俺、役に立った?」

「立った」

背の高い大きな身体で無邪気な笑顔全開に言われると、ギャップにキュンキュンしてしまう。

私はソファの隣に座って、この大きな〝ワンコ〟をよしよしと撫でた。


「じゃあさ——」


さっきまで無邪気に輝いていたはずの瞳が妖艶に光る。

そして、お手でもしそうなくらい従順だった両手が、私の服の裾から侵入して肌を撫でる。

「ちょっ……と……んっ」

くすぐったくて、ちょっと舌足らずな声を出してしまう。

「ご褒美に小夜ちゃんちょーだい」

「……ぁん……」

耳元に唇が触れる距離で囁かれると同意する前に背中のホックがごく自然に外されて、感触を確かめるように脇からゆっくりと撫でられる。

「ん……っ」

男性らしい骨ばった大きな手が私の胸を包む。親指でわざと先端に触れられ、身体がピク……と反応してしまう。

「……ん……つ、だめ……シャワー……」

「このまましたい」

「……シャワー……あび、たいよ」

「ウソだよね。小夜ちゃんのカラダはこんなにしたがってるもん」

そう言って、彼はわざと私の音を聞かせる。

「いいでしょ?」

心地良い低音ボイスが耳から一瞬で全身に響き渡っても、私は素直に「Yes」と言えずに首を横に振る。

「だ、め………ん……」

拒否の言葉しか出てこない天邪鬼な唇を塞がれる。

絡められた舌が蕩けていく。

「素直にならないと止めちゃうよ? いいの?」

「……や……だ め」

不服さを滲ませながら本音を口にすると、彼はクスッと不敵に笑う。

「よくできました」

また低音で囁かれ、それだけで意識が飛びそうになる。

「小夜ちゃん、かわいい」

広いソファの上に組み敷かれ、彼の重みと熱と、私には無い質量を感じる。


「夕飯どうしよっか。ピザでも取る?」

ソファの上で服や髪を整えながら私が言う。

「うん。4つ味があるヤツね」

少しだけ眠そうな声は、さっきまでの妖艶さはどこへ行ったの? ってくらい無防備でかわいい。

筒井つついくんの好きなやつ選んでいいから注文しておいて。シーザーサラダも」

「小夜ちゃんどこいくの?」

「シャワー」

「ふーん……」


家主が帰宅する前に当然のように私の家にいる筒井くんこと筒井ミヒト・23歳は、私のかわいい年下彼氏……ってわけじゃなくて、セフレでもなく、ワンコみたいなのにペットというほど懐いているわけでもなく、いわゆるヒモってやつらしい。


シャワー浴びないでしちゃうとか、流されすぎだから。

……でも気持ち良かった、な……


大理石の浴室でシャワーを浴びながら、卑猥な余韻に浸ってしまう。

「…きゃっ」

突然後ろから抱きしめられて、思わず小さな叫び声が出てしまった。

「ちょっと筒井くん、なに……?」

「何って。一緒にシャワー浴びようと思って」

シャワーだけじゃないのが見え透いてる。

「ピザ……は?」

「ん?注文したよ」

「じゃあ……」

「うん、ピザが来るまでに終わらせる」

「そういうことじゃな……ん……っ」

広い浴室に私の声とシャワーの音だけが響く。


ギリギリのタイミングでインターホンが鳴って、慣れた仕草で彼が受話器を取って応答する。


「ピザきたよ」

そう言いながら、半裸の腰巻きバスタオル姿で、髪もタオルで拭きつつピザも一切れ咥えているという、器用なのか横着なのかよくわからない状態で筒井くんがリビングにやってきた。

「ツッコミどころが多すぎる……」

「え?」

「その格好でピザ受け取ったの?」

「うん」

「なんでピザ食べてるの?」

「我慢できなかった。」

そう言ってまた子犬みたいな笑顔を見せられる。

「も〜! 全体的にお行儀が悪い! 配達の人がかわいそう」

「小夜ちゃんはお嬢様だもんね」

嫌味なのかなんなのか読めない表情で彼が言う。


そう、私、東条小夜子とうじょうさよこ・26歳はいわゆる深窓の御令嬢ってやつ。

実家は東羽製薬とうわせいやくという会社を経営しているけど、その大元は世が世なら財閥と言われるような経営者一族なのだ。

お陰様で株式やら何やらで裕福な暮らしを送らせてもらっている。


「小夜ちゃん食べないの?」

「食べないよ。こんな時間にそんな炭水化物と脂のおばけ。筒井くん、いつも一人でペロリでしょ」

私はシーザーサラダで十分。

「まあね。俺ヤッた後って腹減るし」

清々しいほどストレートな物言い。

「でも小夜ちゃんと一緒に食べたかったんだよね」

そんな悲しげな瞳で言われたら……

「じゃあ、ひと口だけ貰おうかな」

そう言ってピザを一切れ取ろうとする私の手を、筒井くんが静止する。

「ダメだよ、俺が食べさせてあげる。はい、あーん」

わざと指ごと咥えさせるみたいに、私にピザを食べさせる。

「かわいいね、小夜ちゃん」

満足げな顔で頭を撫でられて、いつの間にかこっちがワンコ扱い。

それ、私が買ったピザなんだけど。


筒井くんのことは好き。


「小夜ちゃん、新しいシャンプーの匂いがする」

ベッドで後ろから私を抱きしめた筒井くんが言う。

「筒井くんも同じ匂いだよ」

「同じシャンプーって家族みたいだね」

「そういうもの?」

彼が腕に少しだけ力を込めて、私の後頭部にキスをする。

「おやすみ、小夜ちゃん」

「おやすみ」


私が眠るまで抱きしめててくれるから。

筒井くんは優しくて好き。

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