第四話
朝日が昇った頃、マーヤの予想通りに嵐がやってきた。それと同時に、予想外の来訪者も家にやってきた。
「一体どういうことですか!」
アインが珍しく長老に食ってかかる。その怒声に耳が痛いと言わんばかりにヒューイは耳を塞いでいた。
「俺達が招いた客でもなし、こんな奴等、とっとと山に放り出せばいい!」
「そうはいかないだろう。領主の息子とその護衛が無事に帰らなかったとあっては、この村にいらぬ嫌疑がかかるかもしれん」
「だからって、こんな得体の知れない男をマーヤの側に置くなんて!」
「他に場所がないのだ。それに、領主の息子と同じ場所に置いてなにか謀られても面倒だ」
どうやら嵐が止むまで、ヒューイをマーヤの家に置いて欲しいということらしい。ノエルの方はまだ長老と話があるということで、長老の家で監視されるようだ。
「それよりアイン、お前には結界の件を調査して欲しい。何故結界が破れてしまったのか、それを明らかにしなければならない」
そう言われて、アインは隠すこともなく盛大に舌打ちをした。
「お前、マーヤに余計なことを吹き込むなよ。変なことを教えたら、その硝子細工を叩き割ってやるからな!」
ヒューイが顔につけている、丸い硝子のことを言っているのだろう。そう吐き捨てて、アインは嵐の中マントを羽織り、外へ出て行った。やれやれ、と長老は溜息を吐く。
「あやつの言うとおりだ。客人らしく、大人しくしていることだな」
「そうしまーす」
二人にきつく釘を刺されているというのに、ヒューイは全く動じることもなく、へらへらと笑っていた。
「しかし、女の子の家にあがりこむなんてなんだか悪いな。家の人は?」
「一人だよ。わたし、みなしごなの」
「そうか」
特に気まずそうにするでもなく、彼は軽くそれだけ言った。
「お茶でも飲む? わたし、お客様なんて初めて」
「本当に、君は村の外の人間と会ったことがないんだな」
「うん。ヒューイの村ではそうじゃなかったの?」
「村、と来たか……」
マーヤの言葉を聞いて、ヒューイは困ったように頭を掻いた。
「君は、この村の外がどんな風になってると思う?」
「え……?」
突然奇妙な質問をされて、今度はマーヤが困る番だった。
「わたし達みたいに村を作って、狩りや釣りをして暮らしているんでしょ?」
「……驚きだな、こんな村があったなんて」
「ヒューイはそうじゃないの? ヒューイの村の話、聞きたいな」
「余計なことは吹き込むなって言われちゃったんだけどな」
「昨日、長老と話してた事に関係ないことなら大丈夫だよ。お願い、わたし、色々気になってるの」
「しかし、どこから話したものかな」
マーヤの頼みに困惑したように、けれど、どことなく嬉しそうに笑みを浮かべながら、彼は言う。
「じゃあまずは、どうして顔に丸い硝子をつけているのか教えて」
「なるほど。これは眼鏡って言う道具だよ。これをかけると、かけていない時より遠くの物がよく見えるようになるんだ」
「そうなの? すごい、狩りが上手くなるかもしれないね。それじゃあ、そのお洋服は? 一体何でできているの?」
「これは錬金術で……おっと、そしたら錬金術のことから説明しないといけないな」
マーヤの質問責めに対して、彼は辟易することもなく答えてくれた。
ヒューイが語るには、この村は彼が見てきた中で最も小さい村だそうだ。普通はもっと大勢の人々が一つの土地に集まり、都市と呼ばれる大きな村を形成する。
しかし、都市の外には危険な動物が生息しており、マーヤのように武器が使えない人間が出歩くのは危険極まりない。そこで、都市を行き来する人や物を守るために、ヒューイのような冒険者と呼ばれる職業が必要とされているのだと言う。今回は、ノエルをこの村に無事に送り届けるために雇われたということだった。
「もしかして、わたしのお父さんとお母さんは、外の世界の人なのかな」
「なにもわからないのかい?」
「うん……村の皆に聞くと怒られるの。皆聞いて欲しくないみたい」
「写真とかは?」
「しゃしん……?」
「ああ、ええっと……似顔絵とかは? 残ってない?」
「なにも。長老は、わたしは山の子だから、両親なんていないって言ってた」
「……どうやら、隠されているようだな」
「隠す? どうして?」
マーヤが言うと、ヒューイは首を横に振った。
「いや、これは僕の妄想だな。変なことを言ったら、狩人のお兄さんに眼鏡を叩き割られちまう。それより楽しい話をしようじゃないか! この大冒険家ヒューイの冒険譚だ」
「聞きたい、とっても聞きたいわ」
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