第三話

 村に戻り、あの場にいた全員が長老の家に集められた。

「──事の次第はわかった。村の娘達を助けてくれたことについては礼を言おう。して、お前達はどうやってこの領域に入ってきた?」

「どうやって、とは?」

 長老の問いを、ノエルが聞き返す。

「この村は、ただ山の中を歩いていては辿り着けないはずだ」

「普通に歩いて入ってきたぜ」

「なんだと?」

 ヒューイの言葉に、長老は目に見えて血相を変えた。長老だけではない。マーヤの傍らに立っているアインも、驚いたように目を見開いていた。

「馬鹿な、結界があったはずだ!」

 長老が声を荒げる。その手が握っている杖は小刻みに震えていた。

「そんなものなかったけどなあ」

「そんなことが……」

「結界の事は俺達が調べます。それより……」

 アインが言うと、長老は気を取り直したようにそうだな、と頷いた。

「お前達がここにきた目的を聞こう」

 口ではそう言っているが、何の用だ、という剣呑さが露わになっている。長老がここまで怒りを表すことは珍しい。それこそ、マーヤが両親のことを訊ねたとき以来と言っていい。

 しかし、ノエルはそれに動じずに答えた。

「私はノエル・フォン・ヴァレリア。ここより南に位置する都市国家、ヴァレリアの領主の息子です。我々は、邪神討伐の為に人、物資、資金を募っております」

 都市国家、邪神──初めて聞く言葉ばかりで、マーヤにはノエルが何を言っているのか少しも理解できなかった。しかし、長老はすぐに意味がわかったらしい。

「こんな辺境の村に、出せる物などなにもない」

「率直に申し上げます。この村を支えているであろう資源である魔石を、我々に提供していただきたいのです」

「帰れ」

 長老が顎で示すと、控えていた村の男達が一斉にノエルとヒューイを捕らえようとした。

「意外と手荒だなあ」

 この状況で、呑気とも思える程、なんでもないように言い放ったのはヒューイだった。彼はノエルを庇うように立つと、男達の体を指先で軽く押していく。

 すると、次々と男達が床にへたり込んでしまった。殴ったり、乱暴なことをした様子はなかった。本当に、ただ指先で軽く触れたようにしか見えなかったのに。

「てめえ、何をした!」

 アインが怒声と共に長銃を構える。

「やめろ!」

 長老が一喝する。

「そちらはあながち、護衛に雇われた冒険者と言ったところか。仕方ない……アイン、マーヤ達を家に帰しなさい」

 長老に命じられたアインは不服そうに銃を下ろすと、マーヤ達に外に出るように促した。

 扉から外に出るときに、マーヤはもう一度部屋の中を振り返った。当然だが、険悪な雰囲気に満ち溢れている。

 不意に、ヒューイと目が合った。彼もマーヤの視線に気づいたのか、笑顔でひらひらと手を振った。こんな状況であるにも関わらず。

 アインに見咎められる前に、マーヤは外に出た。

「お前達、わかってるだろうな」

 アインの怒りを露わにした目に睨まれて、全員が縮こまった。

「わかってるよ……ごめんなさい」

「言い出したのは誰だ」

「私よ」

 ユイが諦めたように名乗り出る。

「そんなまじない、どこで知った?」

「家の蔵から出てきた本に書いてあったの。それと、マーヤは私が強引に誘ったわ。両親のことを持ち出してね」

 それを聞いた途端、アインの表情が更に険しくなった。眉間に深い皺が寄る。

「なんでそんなことをした!」

「ただの好奇心よ。儀式には四人分の血が必要って書いてあったから、最後の一人が欲しかったの」

「お前……!」

 アインがユイに掴みかからんとする勢いを見せたので、慌ててマーヤは彼を止める。

「ユイだけをそんなに怒らないで。わたしだって、わかってて着いていったんだから」

 制止され、アインは盛大な舌打ちの後に、溜息をついた。

「とにかく、全員家に帰れ。それと、お前達は全員しばらく外出禁止だ。家で反省してろ」

 それぞれ、悄気返ったり縮こまったりしながら家に帰る。マーヤもアインに連れられて、自分の家に戻ってきた。

「当然お前も外出禁止だからな」

「うん、わかってる」

「今日はとっとと寝ろ」

「ねえ」

 立ち去ろうとしたアインに、マーヤは問い掛ける。

「あの人達、なんの話をしてたの? 長老は、どうしてあんなに怒ってたの? 邪神とか、冒険者って……」

「お前には関係ない」

 マーヤの言葉が終わるのを待たずに──寧ろ、最後まで言わせまいとするかのように、アインは冷たく、突き放すかのように一言そう言い放った。先程までの怒号とは違った威圧感を覚えて、マーヤは竦んでしまう。

 その様子は、マーヤ達の行動に対する怒りからくるものとは異なるもののように思えた。勿論そのことにも怒っているには違いない。だが、それだけではなく、あらゆるもの、この状況全てに対して、苛立っているようだった。

 不意に、生温い風が吹き込んできた。もしかしたら嵐が来るかもしれない。ヒューイとノエルは自分達の村に帰れるだろうかと思ったが、これ以上アインを怒らせたくなかったので、黙っていることにした。

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