冬ノ巻 役者顔見世と牡丹鍋 16

 一九が恐る恐る近寄ってくるその間に、見越と鎌鼬は手慣れた様子で、血抜き作業を行っていた。


「すごいですね。まさか一撃で仕留めてしまうとは」

「こういうのは、傷を負うともっと狂暴化するからね。確実に素早く仕留めないと、こっちが危ないんだ」

「……私はそんな危ない所に、連れて来られたのですね」

「まぁまぁ。いいネタになったでしょ」

「えぇ。せっかくだから書くことにしますよ。にしても怖かったぁ」


 一九は「はぁ~」っと、大きくため息を吐き出した。


「これでよし。いったん戻るぞ」

「え? いったん?」


 見越は自分の倍はあるいのししを、軽々と肩に担ぐ。だが、そのことに驚くよりも、一九は見越の「いったん戻る」の言葉に、かりを覚えた。すると見越が説明してくれた。


「この時期は、なぜか猪が大量に発生するんじゃ。だからそれらを狩って、皆に振る舞うのだ。とにかく帰るぞ。お六が待っている」


 3人は下山して、屋敷に帰った。

 屋敷の前では、お六が大きな包丁を片手に待っていた。着物も普段、花魁おいらんが着ているような派手な物ではなく、汚れてもいいような質素なもので、前掛けもしていた。


「お帰りなんし。また、随分と立派な獲物でありんすね」


 見越は肩に担いでいた怪物猪を、お六の前にどしんっと落とした。


「あとは、任せてもいいかのぅ?」

「えぇ。今、雑鬼たちに他の人たちを呼びに行ってもらってやすから、お前様たちはどうぞ、狩りの続きをしてきておくんなし」

「うむ。では行くぞ」

「あ、じゃあ私は仕事がありますので……」


 一九がそそくさと逃げようとすると、鎌鼬が一九の着物のえりを、むんずと掴んだ。


「どこに行こうとしてんの。狩りに戻るよ」

「あんな恐ろしい体験は、一度で十分です!」


 一九はバタバタと暴れるが、鎌鼬の手が離れることがない。


「まぁまぁ、そう言わずに。ほら、頭領なんて先に行っちゃってるから。このままだと置いていかれちゃうよ」

「鎌鼬殿だけで行ってくださいよ! どうせ私は何もできないんですから!」

「はいはい。わがまま言わないの」


 鎌鼬は一九を引きずりながら、先へ行ってしまった見越を追って歩き出す。


「嫌ですぅ! お六殿、お助けくださいぃぃ!」


 猪を大包丁でさばいていたお六は、美しい顔に猪の返り血を浴びたまま、笑顔を浮かべるので一瞬、一九は恐怖を感じた。それはお六も感じとったのかより笑みを深める。


「一九さん。どうぞ、頑張ってきておくんなんしえ」

「そんなぁ……」


 お六にまで裏切られ、一九はがくりと肩を落とし、鎌鼬に引きずられたまま、猪狩りに同行することになった。

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