足りない音色ー17

 ケイトとシオンを家に連れて帰って、ふたりでお風呂に入れ寝かし付けた。


ルーは子供達の前では、恐ろしい程いつも通りだった。

私はシュンとして時折涙が浮かんできて、ケイトに「Don't Cry」と言われる始末。


私もシャワーを浴び、濡れた髪をタオルで乾かしながらバスルームから出る。

いつもなら、ルーが私の髪を乾かしてくれる。

今日は、レイちゃんのママが持たせてくれた夕食のおかずを温めて、テーブルに並べていた。


そして、普段お酒を飲まないルーが、珍しくワインを開けた。


「お腹空いてるだろう?

食べよう!」


まだ標準語だ。


隣の椅子に座ろうとしたら、向かいに座れと言う。

しばらくふたりで黙って、おかずをつまみながら赤ワインを飲んだ。



「怒ってる?」


「怒っていないと言えば嘘になる。

でも、怒りとも違う」


「亀裂ができた?」


「無いと言えば嘘になる。

亀裂とも違う」


「何言ってるかわからないよ」



「俺は、あの場所にパーソナルな気持ちで行ったことを後悔している。

一度聴いたら、あの場面にイメージができてしまうことも考えてなかった」


私はうつむいた。


「お前はいつもそうだ。

俺達の考えている以上のことをやってのける。

そして、時にはあざとく計算高いところもある」


「私は、ルーに計算なんかしないよ。

ルーが私を怒らせれば、私は容赦なくぶん殴るし、

捨てられそうになったら、恥も外聞もなく泣いて縋る」


「今日はお前にしてやられた。

俺を仕事モードにした」


真剣な顔で話をするルー。

でも、その瞳の色はコントロールルームの時とは違って、少しグリーンがかっている。


「俺が今やろうとしていることの完成形は、お前の頭の中の物であることは間違いない。

でも、それに心を奪われ世に出したいと思った俺とジェームズは、それぞれ自分の手段で形にしている。

俺達はそれぞれ、表現方法が違う。

お前は音楽、俺は映像、ジェームズは絵だ。


お前の言葉から、それぞれイメージを膨らませて、それぞれの領域で表現していく。


そして、今回俺がやろうとしていることは、お前の頭の中のほんの一部を俺がイメージした物だ」


「私出過ぎちゃったんだね!

でも、頭の中からあの曲を出さないと、どんどん膨らんでいって苦しかったの。

それをルーと共有したくて堪らなくなった」


「心配するな!

俺のイメージは、お前のイメージとそんなに変わらないという確信がある」


ルーは相変わらず真剣な顔だが、表情が和らいだ気がする。


「お前はいつも肌と肌を合わせて抱き合っていると、『細胞の交換をしている』ってよく言うだろう?

キスしたら脳にまで行けるって言うだろう?

いつもは、キモいなコイツって思ってたんだけど、最近本当にそうなのかもって思うようになってきた。


こんなに離れていても、俺達は何も変わらない。

お前と細胞の交換をしているせいで、お互い、まるで自分の事のように感じる」


「そっちこそキモいよ」


「今回、そこまでして俺と共有することを重視したのは、お前は何かを怖がっているからじゃないのか?

呪縛から解放されることか?」


また、呪縛からの解放だ。



ーKerlyー


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る