足りない音色ー13

 ルーがコントロールルームに入ってきた。


「3人で話したいんやったら、外そうか?」



「ルーにも聴いてほしいの。

だから、ここにいて!」


「映画の音楽の話か?」


「うん!

32トラック全部使ったけど、どうしても満足できないの。

私、どうしたらいい?

まず聴いて欲しい」


そう言って、カーリーは、コントロールルームの壁に取り付けられた30インチのモニターとスピーカーから、映画のワンシーンを流し始めた。

それは、まだ構想段階の荒いCGとアニメーションだ。



 色のない荒いアニメーションが、モニターに映し出される。

それは、広場の野外ステージから数人の男が、何かを訴えている。

音声はなく、フランス語の字幕が流れていく。


群衆がどんどん膨らんでいく。

そして、群衆からも声が上がる。


そこに現れる2台のトラックから、十数人の兵士が降りてくる。

自動小銃らしきものを携えている。


自動小銃に護られた一人の男が短銃を取り出し、野外ステージで演説していた男を射殺する。

ステージ上の他のメンバー達もねじ伏せられる。



――キーンという耳鳴りのような音がする。

――ショウのギターの音色だ。



その様子を見た群衆が逃げ惑う。

そんななか、ひとりの少年がステージに上がり、殺された男の体にすがりつく。

その少年すらボコボコに蹴りを入れられ、落とされる。


それを見ていた老婆が、ステージを目指し歩き出す。

近くにいた青年が、逃げろと言う。

その老婆がこう言った。


「ここで撃ち殺されなくとも、いつかアイツ等に殺される」



――この場面から、ボーっという低い音が不規則に流れ出す。

――この後の展開の悪い予兆を感じさせるような音だ。



青年とその友人が老婆に頼まれステージに上げると、油断していたであろう短銃を持った男の片足を掴む。

頭を何度も蹴られるが、手を離さない老婆。

ついに、短銃を突きつけられる。

青年がもう一方の足を咄嗟に掴み、短銃の男を倒し引きずり降ろす。



――ストリングスの緊迫感を増す音がフェイドインしてくる。



そして、短銃を奪い取る。


その様子を見た数人がステージを目指す。

その人数はどんどん増えていく。



――いくつかの種類のストリングスの音が、同じ旋律を奏で出す。

――音が少しずつ大きくなる。

――時々ハモったり、不協和音を発したりする。

――その音に、緊張感で鼓動が波打つ。



群衆に向けて、自動小銃が発射される。



――タタタタタ……


――俺のドラムの音だ。

――ストリングスのアンサンブルの音が大きくなっていく。

――その音色は、それぞれ何重にも重ねてレコーディングされている。

――32トラックあっても足りないはずだ。

――しかも、その音色は微妙に違う。

――0.数mmの差だ。

――同じフレーズを何度も演奏しては重ねているんだ。



その後、あちこちで血で血を洗う戦いが繰り広げられる。

暴力、殺し合い、泣き叫ぶ女、震える子供達……

長い戦いだ。



――ストリングスのアンサンブルに、管楽器のアンサンブルが加わる。


――そして、時々、俺たちの演奏に置き換えられる。



そして、権力者が吊るされる。

群衆が歓喜している。



――徐々に音が減っていく。

――ひとつの楽器の美しくも切ない旋律を残して。

――緊迫感が溢れる音の中、クラリネットの音だけはずっとその美しい旋律を奏でていたんだ。



――クラリネットの曲がフェイドアウトしながら、場面が変わる。


広場に花を手向ける家族が映し出される。

映像はそこまでだ。



カーリーは、これをひとりで作っていたのか!

デジタル音で作ったオーケストラじゃないか!

鳥肌が立った。



ーRayー


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