第二話 翌日

 さて、どうしたものか。


 昨日、クラスの優等生なS級美少女に出会した上に、男子高校生の夢である『女子の手料理』を振る舞ってもらった挙句、帰り際に『学校に来なさい』という発言に対して『任せて』と格好をつけたのにも関わらず、起きたのは午前十一時半過ぎだった。


 こんなにダサい男は見たことがない、と自負できるほどの呆れ具合だったが、このまま彼女の好感度を地に落としたくないという浅はかな考えのもと、体を起こす。


 昨日までの夏向なら、『寝坊したから今日もサボってゲームでもしよ』となっていたところだが、今の彼は一味違う。

 遅れてでも学校に行き、彼女に謝罪と弁解を行うべきだと心の底から思っている。


 まぁ、許して貰えるかは別の問題だが………。


 慌てて学校に行く準備を整えると、昨日彼女の家から帰宅してから用意したとあるブツが入っている紙袋を掴んでアパートを飛び出す。


 住んでいるアパートの階段駆け降り、通学用のママチャリに飛び乗る。

 そのまま一気にペダルを踏み込み、通学路を走り抜けて行った。



 学校に着いたのは、十二時を回ってすぐだった。すぐに職員室に向かってスライディング土下座をかまし、泣きついて山寺先生に許しを請うた結果、プリント印刷された課題をこなすことで今月分の欠席分を補習扱いで処理してくれる運びになった。


 やっぱり、日本人の誇りである『土下座』の効果は抜群だなぁ、と少し感動する。


 そんなしみじみとした気持ちを噛み締めながら、夏向は二階に上がる。


 夏向の教室は二階にあるのだが、今は生徒達が溢れていて前に進みづらい。時間的には、昼休みを迎えたあたりと言ったところか。


 二階に上がってすぐ右手に曲がると、夏向のクラスが見えてくる。散々人の波に反発するように階段を上がってきたため、既に二階の廊下には数名の人影がある程度だ。


 後は、食堂か教室で昼食を食べているだろう。


 と、教室に直行しようとして、夏向は視界にとある人物を捉える。二階の廊下の窓から、凛として中庭を見下ろす女子生徒。


 名前は皆さんお馴染み、雛坂結希。


 相変わらずその背筋はピンとしていて、遠くから見ていても優等生らしさが滲み出ている。


 立っているだけで分かるほどの存在感とは、全く恐れ入る……いや、恐れ入ります、姫。


 まぁ、とりあえず、声でもかけようか。

 

「やぁ、雛坂さん。こんにちは」

「……………」


 返事はない。

 言い方の問題だろうか。


「雛坂さん、本日はお日柄も良く………」

「……………」


 やはり返事はない。

 が、一瞬こちらをチラッと見たので、彼女は夏向の存在には気がついているようだ。


 まぁ、あんな至近距離で挨拶されて気が付かない方が変だけけれど……。


 それでも反応を示さないということは、やはり昨日の件が関与しているとしか思えない。


 やはりここは………『土下座』か?


 彼女からやや離れ、助走をするための距離を測る。

 誠意を示すには、やはりスライディング土下座の方が、通常の土下座よりも有効だろう。


 深呼吸し、軽くストレッチで体をほぐして息を整える。


「ねぇ、何してるの?」

「………」


 丁度ストレッチを終えようとしたところで、声をかけられる。昨日の件もあり、軽く緊張しながら顔を上げると、結希は面倒くさそうに中庭から視線を夏向に向けていた。


 うん。かなりの呆れ顔だ。ジト目だし……。


 二人の視線がかち合うと、


「いや、誠意を見せるために土下座をしようと思って…」

「馬鹿なの?」

「僕なりに考えたんだけどなぁ」

「ふざけてるの?」

「…………………ごめんなさい。昨日あんなに格好つけたのに、遅刻してごめんなさい」


 圧が強くて、反射的に謝る夏向。


 一応、昨日、実は彼女の家を去った後、母親の店に寄ってとあるブツを作っていたという理由はあるのだが、そんな身勝手な理由を言い訳にして、遅刻したことを正当化したくはない。


「はぁ……。まぁ、いいわ。昨日の今日で、休まず学校に来たことは褒めてあげる」

「なんかあまり嬉しくない褒められ方だなぁ」

「何よ、その言い草。褒めてあげてるだけ感謝しなさい」


 折角褒めたのに思っていた反応と違う反応が返ってきたのか、彼女は夏向の右頬を軽く摘んで引っ張りつつ指摘をする。

 

「はりがとございやす」

「どういたしまして」

  

 右頬を引っ張られているから、まともな「ありがとうございます」ができなかった。

 まぁ、通じていたからいいか。


「あ、そうだ雛坂さん」

「何?」

「これ。君に作ってきたんだ?」


 ガサッ、と両手で紙袋を開けて中を見せる。


 そこには、軽くラッピングされた缶箱らしきものが入っていた。中身はクッキー。これが、夏向が昨日、母親の営業しているケーキ屋で勝手に作ったとあるブツである。


「……クッキー?」

「そう」

「へぇ、意外ね。中々可愛いところもあるじゃない」

「それはどう受け取ればいいのさ」

「あら、褒めてるのよ」

「ソリャドーモー」


 棒読みで返す。正直なところ、健全な男子高校生は可愛いよりもカッコいいと言われたいのだ。いや、これは人それぞれなのか?


 まぁ、それでも僕は可愛いと言われるのはあまり嬉しくない。昔、同級生の女子に言われすぎた弊害だろうか。


 そう思いつつ、夏向は言葉を続ける。


「昨日、ご馳走してもらっただろ?誰かに作ってもらった料理なんて食べるの久しぶりでさ……なんか温かったんだよ。それで……僕も何か作りたくて…。まぁ…だから昨日のお礼。あぁ、でもこれは恩返しの件とは別で、ただ食べて欲しいって言うか……その……」


 いや、なんか照れ臭いな………。

 言葉もうまく出てこないし……。これ、どうしよう。

 もっと事前に言うことまとめてくれば良かったか……。


「ふふっ…ありがとう。あなたの気持ちはよく伝わったわ。でも、もしかしてこれを作っていたから今日は寝坊したのかしら?」

「ご、ごめん」


 再び謝る夏向だが、結希の表情は先程までの呆れ顔とは違って楽しそうだ。


 うむ。やっぱり笑顔可愛いな、おい!!!


「まぁ、今日の遅刻はクッキーに免じて許してあげる」

「本当?」

「私、嘘言わないわよ」

「まぁ、優等生だしね」

「そう、私優等生だもの。と、言うことでこのクッキーは受け取れないわ」

「はぃぃぃ!??????」


 会話が成り立っていないじゃあないか!?


 さっきは『クッキーに免じて許してあげる』なんてほざいていたのに、ものの数秒で『受け取れない』ですとぉ!?


 全く、優等生の考えていることは理解できん。


 と、同時にクッキーを作ってきたのに受け取ってもらえない悲しみが夏向の心を覆い尽くしてきた。


「そっか……受け取ってもらえないのか……」

「な、何よ…」

「僕、頑張って作ったんだけどなぁ。雛坂さんのために一生懸命作ったんだけどなぁ」

「わ、分かってるわよ!だから、学校では受け取れないってことよ!」

「学校では?」

「そうよ。私、学校では優等生だし、他の生徒の見本的立ち位置にいるんだから、クッキーなんて受け取ってしまったら、示しがつかないじゃない?」

「な、なるほど。じゃあ、このクッキーはどうすれば?」

「あ、後で私の家に持ってくるのじゃ駄目かしら?」

「家に?」

「え、えぇ。それならゆっくり味わえるじゃない。それとも何か用事でも?」

「よ、用事なんか僕には金輪際出来ることはない!!ぜ、是非行かせてもらいます!」

「す、凄い勢いね………」


 両手で彼女の手を包み込み、上下にブンブンとふる夏向。


 その余りの勢いに、結希は若干引き気味になりつつ答える。


 その直後、


「あの、雛坂さん」


 背後から女の人の声がした。制服の右胸についている校章が青色ということは先輩だろうか。


 結希は、その声を聞くと、すぐに夏向の両手から逃れる。


「どうかしましたか?三島みしま先輩」

「えぇ。お取り込み中だったかしら?」

「いえ。全く、問題ないわ」

「そう。なら手伝って欲しいことがあるの……」

「分かりました。いつもの生徒会室ですね?行きましょうか」

 

 なるほど。


 生徒会の人だったのか。でも、雛坂さんって、生徒会に所属していなかったような……。なんで手伝いなんてしているんだろう?


 軽く疑問が湧く夏向。


 そんな夏向に、結希は一言。


「じゃあ、またね」


 『あぁ』と返そうとしたが、時既に遅し。


 彼女は三島先輩に連れられるように廊下の先まで進んでいた。

 





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深夜のコンビニで、優等生なS級美少女に出会した件 残飯処理係のメカジキ @wonder-king

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