ヤコブの梯子が見つからない

秋乃晃

1日目

 直そう直そうって言いながら一向に直さない建て付けの悪い引き戸を、ギギギっと開ける。


「あ。どうもです✨」


 コイツが昨日の晩っていう男か。鈍臭そうな顔をしてやがる。村の若いのや女どもは「さきがけに似てる」ってんでびびっちまってるけどよ。あんなでっけぇトラバサミに気付かないんだから相当なにぶちん野郎だべ。


 ってか、ホンモノの魁はだろうが。もし化けて出てきたってんなら、なんで罠にかかるんよ。似てるか似てねえかで言えば、んまあ、似てるかな。


 魁っつーのは、この村を出て行った男の名前だ。魁のオヤジもおふくろも俺のダチだったが、魁が生まれてから、農作業中の事故で死んでる。なんだっけか。トラクターに巻き込まれたんだっけかな。


 だから魁は母方のじじばばんところで面倒見てて、近所の連中も世話しに行ってやってたから、村中のみんなが知ってる。ただでさえも小せえ村だけどよ。


 去年の秋ごろだっけかな。イキった若い連中で四駆を出して、トーキョーさ遊びに行った。そん時に、魁がなんとかっつー芸能事務所? にスカウトされた。村ん中さいると、みんな似たり寄ったりのジャガイモみてえに見えるが、魁はジャガイモん中でも色男だったんやな。


 なんだか聞き慣れねえ横文字のアイドルのメンバーになって、ドラマの端役から有名になってった。――って、ウチのヨメさんが自分の息子みてえに話すからよ。俺にとっちゃあジャガイモだべ。


 でも、先週の日曜にそのジャガイモは潰れちまった。


 旅客機が太平洋に墜落して、運悪くそん中の乗客の一人だった。これもヨメさん情報だけどよ、ハリウッドの映画にキャスティングされてて、そんで現地に飛ぼうとしてたところなんだってよ。大出世だよな。死んじまったらしょうがねえよ。


「おめえ、魁か?」


 鉄格子の向こう側、地べたで体育座りをしている男に問いかけた。男は首を傾げる。


「皆さん、ぼくの姿を見てそうおっしゃるんですよね。皆さんがそうだと思うのなら、そうなんでしょう✨」


 トラバサミにかかってたってのに、足首にケガの痕はない。はて。治るのが早すぎやしないか。


「森下から聞いたかもしれねえが、おめえはこれから100日間、ここで過ごすことになる」


 第一発見者は森下だ。あとでコイツを捕まえた時の様子を聞くとしよう。


「100日後に、この村の守り神と会えるんですよね!?」


 サキガケ(仮)は立ち上がって、鉄格子を両手で掴む。興奮した様子で、電球よりも瞳が輝いていた。


「いやあ、楽しみだなあ✨」


 村の外れで捕らえた生贄を、100日間ここで飼い慣らしたのちに、村の守り神にお供えするってのが、10年に一度行われるだ。10年に一度なもんで、この村で生活してりゃ、そんな珍しいもんでもないべ。俺の家は代々、蔵で生贄を管理する立場にある。責任者っていえばええんかな。


 生贄は何も人間である必要はなくて、100日間の儀式が始まる前夜に村ん中で捕えられた生き物ならなんでもいい。魚の時もあったし、鳥の時もあった。


 今回がたまたま、元々村に住んでた奴に似ている人間だったってだけだ。

 やることは、何も変わらんべ。


「100日間、ただただぼーっとしてるのもあれなんで、スケッチブックと鉛筆をもらえませんか?」


 よく喋る生贄だこと。自分の立場がわかってんのか。……逃げ出されても困るから、要求はなるべく通してやりたい。


「これでもぼく、イラストが趣味なんですよ✨」


 あのジャガイモ、そんな趣味あったか?

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