第24-25話 実験用の薬草畑

 魔法学院の生活も、もう、既に1年になろうとしていた。エルミアも、読み書きも、計算も十分に出来るようになっていた。もう、講義に出る必要はないレベルだ。よく頑張ったと思う。


 クルドは、相変わらず生意気で、嫌な子だ。私は、できるだけ避けていた。ちょっと、自信過剰で、私を見つける度に絡んでくる。


 この間の実習・演習のときも、水魔法の教師エルザベスが、水魔法の応用として、氷柱を作るように指示しているのに、


 「キリ、ちょっと、見てろよ」


 私に、クルドは声を掛けるなり、詠唱を始めた。私が振り向くと、クルドは、笑いながら、私のすぐ前に氷柱を作った。半径10cm、高さ50cmの小さいものだった。


 「キリ、どうだ?」


 得意そうに、クルドは両腕を腰に押し当てていた。


 「何が?どうだっ、よ。何か、自慢したいことでもあるの?」


 「だから、氷柱だよ。どうだ!」


 「ふん。それがどうしたのよ」


 「お前なんかに、できないだろう。こんな立派な氷柱は」


 私は、クルドを無視して、エルミアの方を見た。エルミアも魔法は得意だ。


 彼女は、クルドの目の前に、お返しの氷柱を作った。しかも、無詠唱でだ。


 その氷柱はクルドのものよりも、遥かに大きく、誰が見ても立派な物だった。


 私は、クルドを見ないで、エルミアの傍に駆け寄った。


 「くそっ、なんだよ。割って入りやがって」

 

 別の日の実習・演習のときも同じ様に絡んできた。それは、カエザー先生の火魔法のときだ。

 その日は、中庭での授業だった。火魔法で、20m離れた場所の標的を打つというものだった。


 「おい、キリ、俺の魔法を見て、勉強しろよ」


 クルドは、火魔法が得意だ。そのため、いつも以上に自信満々だ。標的は5つあるが、クルドは、左から、2番目の標的の前に立っていた。


 「いくぞ、よく見て置け!」


 クルドは、短縮した詠唱で、左から3つの標的に対して、火球ファイア・ボールを連続で放ち、すべて、命中させた。それぞれの標的は、クルドの火球ファイア・ボールにより、暫く赤い炎を上げて燃えていた。


 「どうだ、凄いだろ!」


 クルドはいつもどうおり、どうだっという態度で、両手を腰に当てていた。

 私は、いつも通り、無視してクルドを見ないようにしていた。


 「おい、無視するな」


 すると、こちらを見ていたキリ姉が、短い詠唱で、5つすべての標的を火球ファイア・ボールで破壊してしまった。


 「バン、バン、バン、バン、バン」


 大きな音が、中庭に轟いた。


 クルドは、何事もなかったかのように、いつの間にか中庭から消えていた。


 標的が壊れてしまったので、その日の授業は、それで終了した。

 

 「ねえ、キリ姉。クルドって、ウザいね」


 「クルドって、いつも一人ね。誰も相手していないみたい」


 「あんなに生意気だから、誰も相手しないよ」


 「でも、かわいそうね」


 「どうして? 可哀そうなの。いつも私に突っかかってくるのよ。ウザすぎる」


 「ここに来るまでに色々とあったみたいよ。クルドは、孤児院出身って聞いたわ」


 「えっ、孤児院だったの。生意気だから、どこかの商人の息子かと思った」


 「でも、どうしたら、あんなに生意気になれるのかしら」


 「そうかな? 私はあまり気にならないよ」


 「キリ姉は、絡まれないから、そんなこと言っているのよ」


 「そう? キリが、考えすぎじゃ?」


 「もう、キリ姉、私の気持ちになってよ」


 キリ姉が、クルドを庇うので、私は余計にクルドの態度にムカついてしまった。


 「キリ、クルドって、他の人にも絡んでいくの?」


 「さあ、私ばかりに絡んでくるみたい。他の人は、クルドのこと相手にしていないし」


 「ふぅーん」


 「なによ、その、ふぅーん、って」


 私に同調してくれないキリ姉が気になったが、食堂で夕食を取ると、すべて、忘れてしまった。


 私達3人は、授業のない午後に、工場や隣の薬草畑を見て、色々と、改良を加えていた。


 アイテムボックスは、一定量を定期的も生産していた。赤のポーションは、売れ行きに応じて、量を増やしていた。そして、基本は、普通の冒険者が購入できる価格を目指すということだ。


 上級の赤のポーションは、普通の冒険者向けに、低価格での販売をサンライズ商店長にお願いしている。そのため、常に大量の在庫を確保してもらっている。そして、それを持続できるために薬草畑でのベースハーブの栽培は必須だ。


 いまは、ベースハーブも、ブラッディハーブも森に入って、採取しているが、もうすぐ、ベースハーブは、収穫が出来そうだ。後は、ブラッディハーブの栽培を出来る様に研究することだ。


 ブラッディハーブは、マナハーブほどマナを必要としないが、多少は必要なので、マナの豊富なダンジョンや森の中に生息している。その環境を何とか、この土地で実現したい。


 授業の空き時間で、図書館で調べているのだけど、詳しい情報は得られていない。しかたがないので、自分たちで実験することにした。


 まず、マナの豊富な空間を作る必要がある。工場下は、地下4階まで作っているので、その最下位階を実験場にすることにした。


 まず、地下4階の壁を硬化し、光魔法で、薄い膜のバリアを張り、中のマナが外に漏れないようにした。次に、北側の壁に直径1m程度の穴を開けた。そして、空いた穴を先ほどの壁と同じように、周囲を硬化し、マナが漏れないように光魔法でコーティングした。


 更に穴を延長して、また、硬化・コーティングを施した。これを繰り返し、ついに穴が森の中の地下までつながった。次にその穴を森に向けて延長した。後50cmで地上に出る所まで延長ができた。


 ここで、延長するのを止めて、縦に出来た穴の周囲をそれまでより広げて硬化した。そして地上に至る部分については、穴の上から地上までをすべて硬化し、穴が崩れないようにした。最後に、硬化した部分に縦に細い穴を無数に開けた。穴から森の空気が入ってくるようにした。


 このままでも、少しはマナが穴の中に入っていくのだけど、延長した工場下までマナを大量に流していくには不十分だった。そこで、無数の穴に闇魔法で作ったマシリコンを埋め込んだ。これで、森の中のマナだけを穴の中に流し込むことが出来る。最後に、穴の上部を、細い地上まで開けた穴以外の部分を光魔法でコーティングし、マナが戻っていきにくくした。


 最後に、穴の上部を光魔法でコーティングし、魔法陣を描き、森からのマナを常に、穴の中に流しもむようにした。


 このマナを思った方向に流す仕組みを工場と森との間の穴の中に複数つくり、工場下の実験用の薬草畑にマナが流れ込むようにした。


 工場下の地下4階には、薬草畑をつくり、森から取って来た苗を植えた。暫く、定期的に水をまきながら、生育状態を観察した。


 1週間後には、しっかりと生育していることが確認できた。まだ、上質のブラッディハーブが育てられるか分からないので、更に、観察・実験を繰り返すことにした。


 マナの濃度や水やりの程度などを比べて、最適な環境を徐々に作り上げていった。 


 2か月後には、完全とはいえないまでも満足できる環境を作ることが出来た。


 これで、森まで行かなくても、安定して、必要なハーブを得ることができる。しかも、この地下農園であれば、自由に拡張できる。というのも、この国には、地下深くの土地の所有権がないから、早い者勝ちだ。そこで、私達は、最適な環境が維持できることを基準に最大の大きさの地か農園を作った。森の地下に農園を作るのが効率はいいのだが、そこは管理上問題が起こりやすいので、街の平民エリアの地下だけに作ることにした。


 これで、この国が1年間に必要なポーションを私達だけで生産できるまでになった。

 すでに、サンライズ商店だけで捌き切れる量を凌駕していた。 

 

 「キリ姉、赤のポーションの販売は、もうサンライズ商店だけでは、無理よ」


 「そうだね。もう、清算した赤のポーションのほとんどをアイテムボックスに収納しているものね」


 「それじゃ。生産を止める?」


 「せっかく作れるのだから、なんだか嫌だなぁ」


 「でも、キリ。私達の自由な時間もかなり削られているよ」


 「そうね。キリ姉の言うとおり、もっと、遊びたいものね」


 「そうだよ。色々、やってみたいものね」


 「でも、せっかくここまで作り上げてきたのに、なんか、残念だわ」


 「キリの思いもわかるけど。誰かに仕事を頼むのわ?」


 「キリ姉、それはだめ。この工場の事を他の人に知られるのは、絶対ダメだよ」


 「わかっているわよ。だから、少し、我慢しない?」


 「うーん、少し考える時間が欲しい」


 「いいよ。キリが納得するまで待つよ」

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