ケンタウロスの翼

Phantom Cat

1

「……エイラ、おい、エイラ! 応答しろ!」


 反応、なし。


「くそ……ダメだ。こんな状況じゃ……!?」


 衝撃音。ダメージレポート。左エンジンに被弾、失火停止フレームアウト。警報が鳴り止まない。


「ちくしょう……アタカ01、射出、射出、射出イジェクト、イジェクト、イジェクト!」


 両太ももの間のイジェクションハンドルを目いっぱい引く。


 何も起こらない。


 目前に迫る、海面。


「うわあああああ!」


%%%


 目が覚める。


 また、あの時の夢だ。乗機待機コクピットスタンバイの時に必ず見る、夢。


 現実と違うのは、あの時射出座席イジェクションシートがちゃんと機能した、ってこと。でなけりゃここにこうしていられるはずがない。


 しかし……


 あれからもう一ヶ月になろう、というのに、俺はまだ忘れられていないのか……


 AIRAエイラ――AI Reinforced Assistant――AIによって強化された助っ人アシスタント。もっとも、「助っ人」なのは今だけで、いずれAIRAの最後の「A」はAgent――人間に代わって戦闘を行う代行者エージェント――になる予定……だった。一ヶ月前までは。


 まさか、戦闘中にデータリンク回線から侵入されるとは思わなかった。通信は厳重に暗号化されていたはずなのに、いともたやすく解読されてしまった。敵のAIの能力はそこまで向上していたのだ。


 そう。敵国の戦闘機はすでにほぼ全て無人化され、AIが操っている。遅ればせながら我が国もAI化に着手し、AIRA を開発した。その開発チームの一員である俺は、実戦の中で「彼女」を鍛える教師役を果たしていたのだ。


”さあ、今日も石橋を叩いて壊していきましょうね、師匠”


”違うだろ、エイラ。石橋を叩いて渡る、だぞ”


”あ、そうなんですね。てへぺろー”


 エイラが俺によくこうした軽口を叩いていたのを思い出す。もちろん俺は「彼女」にこんなトボけたことを言うように教育した覚えはない。おそらく「彼女」の会話機能を実装している大規模言語モデルチップが、「モデル崩壊」の影響を受けているからだろう。


 大規模言語モデルやAI絵師といった生成的ジェネレーティブAIが流行し始めた一時期、AI の生成物をAIが学習した結果生成物のクオリティが急激に低下したことがあった。この現象は「モデル崩壊コラプス」と呼ばれ、当時かなり問題となったのだ。今ではこの問題も解決しているはずなのだが、なぜかエイラの謎ことわざはいつまで経っても治らなかった。


 しかし、こんなくだらないやり取りも、今は望むべくもない。


 「彼女」はあの時、死んだのだ。何もかも全てを初期化イニシャライズされて。


 もちろんバックアップもないわけじゃない。だが、一旦侵入を許してしまったら、どこに裏口バックドアが仕込まれているかわからない。システムをハードウェアごと全交換できればいいが、今の俺達にそんな余裕はどこにもない。よって、エイラは未だに復活できずにいるのだった。


 月並みな物言いだが、「彼女」がいなくなって、俺の心の中はポッカリと穴が空いたようだった。学習が進んでからは、俺も「彼女」に幾度となく助けられた。いつの間にか「彼女」は俺にとってかけがえのない相棒になっていたのだ。


 けたたましいベルが掩体壕シェルター内部に響き渡り、ゲート上の「SC」と書かれた赤ランプが点灯する。スクランブルだ。待機室から地上要員グラウンドクルーたちが飛び出してきた。


 APU(補助動力装置Auxuary Power Unit)マスタースイッチ、オン。


 俺は酸素マスクを口元に装着する。


---


 一五〇五時。珠洲より北東120マイルカイリ、2万フィート上空。


 今日も生き残ったのは俺一人。


 無理もない。この戦況では、ベテランもどんどん撃墜されている。今最前線にいるのはいずれも促成課程を終えたばかりのヒヨッコばかりだ。こんなことにならないための AIRA プロジェクトだったはずなのだが……


 AIに操られているとはいえ、今の段階ではまだ敵機は有人機をただ無人化しただけの存在。性能そのものは基本的に有人機と変わらない。だから俺でもなんとか対抗できる。


 だが、もうすぐAIに完全に最適化された機体が投入されてくるだろう。そうなったら、おそらく俺ではかなわない。


 十二時よりレーダー警報。


「!?」


 脅威ライブラリには存在しない波形。IFF敵味方識別応答、不明アンノウン。だが、味方フレンドリーでなければ、それは十中八九敵なのだ。


 そして……


「なんて……こった……」


 前方4マイルにポツポツと機影が並んでいた。その数、8機。二個小隊だ。


 AIに最適化された、新型機。


 もう実戦に投入されているのか……


 戦おうにも、こちらにはもはや武器も十分な燃料も残されていない。


 逃げるにしても、逃げ切れるかどうか。となれば、会敵エンゲージして少しでも敵の情報を得るのが筋、ってもんだろう。たとえ俺が撃墜されるまでの僅かな時間であったとしても……


 ジャミングで少しでも敵を攪乱しようと、ECM(電子対抗手段Electronic Counter Measurement)パネルに手を伸ばす。


 その時だった。

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