第187話 「何でっ!?」
結局、合計で三回シャワーを浴びた。
それもこれも六時という待ち合わせ時間はあまりにも微妙で、自分の部屋に戻っても焦りしか生まれなかった俺はどんどん緊張と不安に駆られたせいだろう。
シャンプーをし過ぎると髪が痛むとかそんなの関係なく、大事な時に綺麗な方が絶対に良いだろの理論で髪や身体を洗いまくっていた。
「ふぅ……」
そんな心身ともに清めた俺は夕方、早霧家への道を歩いている。
そうは言っても七月の夕方はほとんど昼みたいなもので日差しは強く、また戻ってシャワーを浴びようかなと考える程だ。
端的に言えば、ビビっている。
早霧と仲を深められるならこれ以上の幸せはないけど、いざ本番が目の前にやってくるとドキドキしっぱなしだ。
こういうのはもっと、こう……良い雰囲気や流れで始まるものだと思っていたので最初から覚悟を決めるというのは良い意味でも悪い意味でも心臓に悪い。
いやお互いの為にもちゃんと計画した方が絶対に良いんだろうけど……。
興奮がプラスなら緊張と不安はマイナスで、プラスマイナスゼロというよりかは天国と地獄を往復しまくってるようだった。
「……何言ってんだろ、俺」
自分でもよくわからない思考を繰り返していれば、ただでさえ短い道のりはあっという間に過ぎていく。
元々徒歩数分しか離れていないので、すぐ早霧の家についてしまった。
「……すぅーっ」
玄関の前で深呼吸を一回。
見慣れた扉がとても大きく感じた。
落ち着いたと思っていた心臓がまた活発に動き始める。
でもここまで来たらもう引き返せないので、俺は口の中の唾を飲み込んで勢いよくインターホンを押した。
『はーい!』
するとインターホンからではなく玄関の奥から声が聞こえて、ドタドタと近づいてくる足音がどんどん大きくなっていく。
まさか近くにいるなんて思っていなかった。
俺の心の準備が終わる前に目の前の玄関を勢いよく開いて――。
「あら蓮司くん! 待ってたわぁ」
「……え? あ、こ、こんにちは?」
――出てきたのは、早霧の母さんだった。
早霧と同じ奇麗な白髪の女性は、ラフな服装の上にエプロンを羽織っていてよく似合っている。
早霧も大人になって落ち着いたらこうなるんだろうなと思うけど、俺の頭は今現在の早霧でいっぱいだったので完全に不意打ちだった。
「ほらほら早霧も待ってるからぁ、入って入って?」
「え? あ、ちょっと!?」
訂正、何も落ち着いていない。
早霧の母さんは俺の手を掴むとグイグイと家の中に引きずり込んだ。
その勢いのまま靴を雑に脱ぐしかなかった俺のことなんて気にもせず、早霧の母さんは手を引いて廊下をガンガン進んでいく。
ていうか、早霧も待ってるって何だ?
早霧の母さんも一緒なのか?
パパには内緒ってそういうことなのか?
何か大変なことが始まろうとしてないか!?
「早霧ー、蓮司くんきたわよぉー」
「いや、ちょっと待ってくださいお母さん! 俺は早霧と清い関係で――」
そしてリビングの扉が開かれて。
見えたのは、『HAPPY BIRTHDAY』と壁に貼られた文字だった。
「――は?」
「あ、蓮司ー! ちょっと待っててー!」
思考が停止する俺。
視線の先では早霧が椅子に乗り、『パパ』と書かれた紙をその先に貼っていた。
そこでようやく何かが頭の中でガチャリとハマった気がして、セクシーな下着の自撮り写真の奥底に眠っていた小さな記憶が湧き出てくる。
HAPPY BIRTHDAY パパ。
パパには内緒だよ?
昨日下着を買ったのはついでで、パパの誕生日プレゼントを買いに行っていた。
ああ、俺はとんでもない勘違いをしていたんだなと思って――。
「シャワー浴びて頭冷やしてくる……」
「何でっ!?」
――四回目のシャワーは、早霧に止められてしまった。
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