第181話 「えへへ……暑いね?」
カーテンの中は蒸し暑くて、それでいて少し埃っぽかった。
でもそれ以上に、俺と一緒にカーテンの中に包まった早霧の甘い匂いがこの狭い空間の中でダイレクトに俺の鼻孔をくすぐる。
洗いたての制服から漂う良い匂いが、白く長い髪に纏った愛用しているシャンプーと綺麗な肌を包むボディソープの香りが、夏の暑さでかいた汗の甘酸っぱさが、口移しで飲ませ合ったスポーツドリンク特有の甘すぎる香りが、その全てがこの薄いカーテンの内側にあった。
自分で言っておいてかなり気持ち悪いと思うけど、そう考えてしまうぐらいこの空間には早霧が満ち溢れていたんだ。
「えへへ……暑いね?」
そしてこの空間を作り上げた張本人が正面から俺にくっつきながら見上げてくる。
額に汗が浮かんでいるのはこの暑さのせいだろう。
いくらカーテンが日差しを弱めるぐらいしか出来ない薄さでも、真夏の窓を閉め切った教室でほとんど抱き合いながら上半身がカーテンの中でグルグル巻きになっている状態では暑いという言葉しか生まれなかった。
でもきっとその頬や耳が赤いのは、暑さのせいだけじゃないだろう。
「ああ、暑いな……」
もちろんそれは俺も同じだった。
屋上前の階段よりも風通しの悪いこの密室とも言える空間は、いつも以上に早霧を間近に感じられて身体の内側からも熱が湧いてくる気さえする。
「今カーテン持って離せないから……蓮司から、ぎゅっとして」
「……仕方ないな」
そうは言いながらも俺の身体はすぐに動いていた。
後先考えずに行動してその後は俺に身をゆだねてくる愛しい親友の腰に腕を回す。
細く華奢な腰なのに抱き合い密着する身体はとても柔らかくて、特に胸元に広がる柔らかさと大きさは格別のものだった。
俺は多分、このまま熱中症になったとしてもこの状態を維持できる自信がある。
そう思うぐらいには今この状況を幸せだと感じていたんだ。
「蓮司の匂い……」
「あんまり嗅がないでくれ……」
そしてそれは早霧も同じようである。
似た者同士の俺たちはお互いの匂いが好きらしい。
俺の首元に顔を埋める早霧の息遣いがくすぐったいけど、腰に回した手を離すことは絶対にしなかった。
「じゃあ、ちゅーする?」
「……する」
俺の匂いで何かのスイッチでも入ったのか、早霧が甘えモードに変わる。
ちゅーだったりキスだったり、蓮司だったり親友だったりと呼び方が変わって忙しいけれど……そんなところも愛おしい。
大人っぽく綺麗になった顔も今は子供のように可愛かった。
それこそ病弱だった昔を思い出して。だからこそ元気になった今がすごく嬉しい。
そしてなにより、そんな大好きな早霧と想いが通じ合った今が本当に幸せだった。
「――んぅ」
その幸せを確かめるようにキスをして、その幸せが無限に膨らんでいく。
そっと触れ合った唇と唇から幸せの永久機関が生まれたようだった。
触れた瞬間に止まった息がまるで俺たち以外の時間すらも止めたような気がして、自然と早霧を抱きしめる力が強くなってしまってもそれに身を預けてくれることにホッとする。
今さらかもしれないけれど、俺も早霧がいないと絶対に駄目みたいだ。
「……すき」
ゆっくりと唇を離した早霧が、俺を見上げて呟く。
熱を帯びて潤んだ淡い色の瞳はとても綺麗で、気持ち良さで幼く舌足らずになってしまった言葉を発した唇はみずみずしい程にプルプルな薄桃色だった。
「……早霧」
好きと言ってもらえて嬉しい。
その言葉一つで熱とは違った意味で胸の奥がポカポカする。
綺麗で、美しくて、可愛くて。
好きで、愛おしくて、大切で。
「……俺も好きだよ」
この想いを表す適切な言葉はなんだろうか?
そんな学は持ち合わせていない俺だけど、この気持ちだけは本当だった。
俺はもっと早霧と仲良くなりたい、一緒にいたい、身も心も繋がりあいたい。
だって俺たちは、親友なんだから。
「――んっ」
返事をしたらキスをして、もっと強く抱きしめる。
顔を合わせて挨拶をするよりもキスの方が多くなった。
だけどその一回一回が特別なものになっていく。
俺に、いや、俺たちにとってキスとはきっとそれを確かめ合うものなんだ。
「…………暑いね」
「…………だな」
まあ……それはそれとして。
心が満たされれば余裕が出来て、その隙間に現実が押し寄せてくる。
何度も言うけど真夏の窓も開けていない教室でカーテンの中で抱き合ってキスをすれば暑いに決まっていた。
最初と同じやり取りだけどそれは本心から来たもので、この短時間だけでもお互いに汗だくになってしまっている。
それこそこの場所が学校じゃなくてどちらかの家ならシャワーを浴びたり風呂に入ったりして、その時はまた前みたいに一緒に……って駄目だ駄目だどんどん邪な方向に考えが持ってかれてる……。
「……出るか」
「……うん」
カーテンの中で、お互いに頷く。
何度も言うけど俺たちは似た者同士で、一度夢中になれば後先考えないのは俺も同じだった。
俺たちを包み隠すカーテンから出るだけで感じる解放感。
二人きりの教室も今は最初と違う意味で広々としていて気持ち良い。
これで屋上前、部室、職員室前の廊下、教室の四か所でキスをしたので約束の場所は残り一か所になった。
夏休みの学校は部活をしている生徒こそいても活動場所は限られているので誰にも見つからずにキスをするのは、仮に今のように夢中になっていても大丈夫だろう。
「ひょ、ひょわ……」
……そう、思っていたんだ。
廊下から俺たちを覗いていた、今日ここにいない筈の、首絞め大好き目隠れ少女なクラスメイトを見つけるまでは。
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