第156話 「一件落着だね?」

 ここが公共の場ということを忘れそうになる今日この頃。

 それを思い出させてくれたのはこれからを生きる少年少女たちだ。

 朝の公園でいつものようにキスをしようとした俺たちは、公園入口から全力ダッシュしてきたツンツン髪の少年の叫び声によってすぐに離れた。


「待ちなさいよー!」

「ま、待ってよぉ……!」

「絶対に待たねーよ!!」


 いの一番に公園にやってきた少年の後を追ってポニーテールの少女と麦わら帽子の少女が後に続く。

 キス直前で我に返ったドキドキの状態でも、少年が二人の少女に追いかけられているのは一目瞭然だった。


「クソ! しつこいぞお前ら!」

「アンタが逃げるからでしょ!」

「お、遅れてすみませぇん……」


 ――グルグルグルグル。

 ベンチの前に立っていた俺と早霧の周りを、少年少女たちが追いかけっこのごとく回り続けていた。


「……げ、元気だね」

「……いやまずは止めような」


 少年少女たちは間にいる俺たちが目を回しそうなぐらいに走っている。

 それを見て早霧が呑気に呟いたけど、彼らの追いかけっこが白熱して転んだりしたら危ないので止めに入った。


「はいストップ。ラジオ体操の時間だし、そこまでにしような」

「はいはーい。一回集まろうねー」

「た、助かったぜ兄さん……」

「ご、ごめんなさいお姉さん……」

「あ、ありがとう、ございます……」


 俺は少年に、早霧は少女二人に通せんぼをして立ち止まらせる。

 朝から走り回る元気な彼らが良い子だという事は分かっていたので、俺たちが間に入ると素直に止まってくれた。


 ……さて、話を聞くとしようか。


「助けてって言ってたけど、何かあったのか?」

「あ、アイツらがしつこいんだよ! 昨日から!」


 少年が早霧側にいる少女二人を指さす。

 この時点で俺は少し、嫌な予感がした。


「アンタが昨日から言わずに逃げるからでしょ!」

「も、もう良いんじゃないかな……」


 それに真っ向から反論して指をさし返すポニーテールの少女と、正反対な反応を示す大人しい麦わら帽子の少女。

 俺はそれを見て頭が痛くなった。


「うるせー! 何で俺だけ好きな人を言わなきゃならねーんだよ!!」


 ああ、やっぱり。

 この喧嘩というか追いかけっこの、全ての原因は早霧である。

 早霧が彼らに昨日聞いた『みんなは好きな人、いる?』って質問に逃げた少年を、一日経った今日も追いかけていたらしい。


 うちの早霧がごめんな、少年……。


「だってアンタ昨日、いるって言ったのにそこからはぐらかすんだもん! そこで止められたら気になるじゃない!」

「そ、それは……うん。私も、気になるかも……」


 どうやら少年はあの後、好きな人がいるということまで言ったらしい。

 あちらの言葉を聞くにその後はうやむやにして逃げたらしいけど、少女二人に詰め寄られてそこまで言えるのはすごいぞ少年。


 早霧は後で俺が怒っておくからな。


「い、良いだろ別に! いるってことがわかれば!」

「良くないわよ! だ、だってアンタが仲良しな女子って私か美玖(みく)しかいないじゃない!」

「ま、真里菜(まりな)ちゃんっ!?」


 そういえば、彼らの名前を聞いていないことに気づいた。

 したと思っていたけれど、ちゃんと自己紹介をしたのは厚樹少年とアイシャの二人で彼らとはしていない。

 子供ならそれでも気にせずにこの数日間を過ごせていたんだから、コミュニケーション能力の高さが伺える。

 名前は知らなくても、一度遊べば友達……みたいな。


 そんなこんなで。

 互いに呼び合った様子を見るに、ポニーテールの少女が真里菜、麦わら帽子の少女が美玖って名前のようだ。


「だ、だから何だよ!?」

「す、好きなんでしょ!? わ、私か美玖のどっちかが……!」

「や、やっぱりそうなの……?」


 おお……。

 目の前で少年少女たちの恋愛事情が今まさに行われていた。

 下手に介入すると余計にこじれてしまいそうなので、もう少しだけ静観して本気で喧嘩になりそうなら止めようと思う。


「ち、ちげーし!!」

「な、何が違うのよ!?」

「ち、違うんだ……」


 少年は激しく首を横に振って否定する。

 その仕草に少女二人は反応こそ違えど、ショックを受けているようだ。

 ……これはそろそろ止めた方が良いかもしれない。


「お、俺が好きなのは真里菜と美玖の二人ともだし! どっちかじゃねーし!!」


 ……おっと?


「真里菜はいつも口うるさくて邪魔ばっかりしてくるけどさ! 走るの速いし全力で遊べるから一緒にいて楽しいし、毎日花に水をやる女の子っぽいところがすげぇ可愛くて俺は好きなんだよ!!」

「なっ!? あ、アンタ急に何言ってるの!?」

「それと同じぐらい美玖も好きだ! 確かに真里菜と違って体力は無いし声も小さいけど、それでも頑張ってついてくるのはすげぇと思うし物知りで頭が良くて本を読んでる顔はめっちゃ綺麗だぞ!!」

「た、太一(たいち)くん……」

「だから俺は……ふ、二人とも大好きなんだよー!!」


 少年の、魂の叫びが朝の公園に木霊する。

 そんな男気溢れる告白をしたツンツン髪の少年は、太一という名前らしい。


「だ、大好きって……そこまで言わなくてもいいじゃない……」

「あ、あうぅ……」


 そんな彼の幼いながらに真っ直ぐな主張に、少女二人は顔を真っ赤にした。

 ポニーテールの少女、真里菜は腕を組みながら恥ずかしそうにそっぽを向く。

 麦わら帽子の少女、美玖は指を合わせてモジモジしながら俯いてしまった。


 昨日から分かっていたことだけど、この二人も太一少年のことが好きなようだ。


「ほ、ほら俺は言ったぞ! 真里菜と美玖! お前らはどうなんだよ!?」


 そしてここで、太一少年が反撃に出る。

 今まで言われ放題だったが、告白を終えた今の彼は無敵のようだ。


「どうって……アタシもアンタのことが大好きに決まってるでしょ馬鹿っ!!」

「わ、私も……太一くんが……だ、大好き……」

「……え? お、おう……そ、そうか……」


 彼の無敵時間は一瞬で終わった。

 やっぱり子供の時は女の子の方が恋の駆け引きに強いのかもしれない。

 男子はすぐ恥ずかしがって強がるしな……と、俺は別の高校に行った昔の級友を思い出した。


「そ、その……なんか、ごめんな?」

「ま、まあアンタの気持ちは……分かったし、美玖の方が良いと思うけど……」

「えぇっ!? わ、私より真里菜ちゃんの方が可愛いよ……!」


 そんなことを考えていると、三人は互いに近寄って仲直りをしていた。

 喧嘩をしてもすぐに仲直りが出来る、とても良い関係だと思う。


 ……これが三角関係だと言う点に、目をつぶればだけど。

 ……まあ今の彼らが良いのなら、これで良いのだろう。


「一件落着だね?」


 うんうんと早霧が頷きながら俺の隣に歩いてくる。


「ああ……早霧は後でお説教だからな、覚悟しろよ」

「な、何でぇっ!?」


 この騒動を引き起こした、一番の黒幕だからだよ。

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