第154話 「き、着てないよ!?」
気まずい朝だった。
リビングに降りると母さんはずっとニヤニヤしてるし、父さんは腰が痛くてずっと静かだし、俺は朝ごはんを無心で口の中に放り込み続けて全力で逃げた。
食事、歯磨き、洗顔、着替え。
いつものルーティーンをいつもの三倍早く終わらせて、逃げるように家を出て。
「あっつ……!」
そんな俺を待ち受けていたのは、夏の太陽だ。
雲一つない青々とした空は、これでもかと直射日光を降り注いでいる。
急ぎたいのに身体は重く、急げばもっと暑さが襲う。
夏に起きる矛盾を全身で感じながら俺は、ほどほどの速度でいつもの公園へと向かって……。
「……あ、蓮司ー!」
「……悪いな、遅くなった」
公園に着くと、早霧が日陰の下にあるベンチに一人で座っていた。
遠目から見ても白く長い髪が今日も神秘的に綺麗で、それに合わせた学校指定のポロシャツとハーフパンツが良い感じに中和して馴染んでいる。
まあ何が言いたいかと言えば、俺に気づいて手を振ってくれる愛しい親友は、今日も可愛いということだ。
「ううん大丈夫。私も今来たとこだし……あっ!」
「どうした?」
「今の、デートの待ち合わせみたいだね?」
「……そ、それ普通は逆じゃないか?」
「いつも蓮司が待ってくれてるから、たまには良いんだもーん。ほら座って座って」
「お、おう……」
急にデートとか言うからドキッとした。
もうそれより凄いことを沢山しているのに、改めて言葉で言われると緊張する。
早霧は座っているベンチの横をポンポンと叩き、俺はそこに腰かけた。
「今日も暑いねー」
「そ、そうだな……」
またドキッとした。
早霧が、夢で二人に増えた早霧と同じことを言ったからだ。
もしやあれは正夢なんじゃないだろうか……?
あ、駄目だ一度意識しちゃうともうそれしか考えられない。
「どうしたの蓮司? 顔赤いよ? お水飲む?」
「……ありがとう」
「どういたしましてん」
……ましてん?
その言葉に意味があるかはわからないが、早霧から貰った水筒の水は良く冷えていて不埒なことを考える頭には効果抜群だった。
「えへへー」
「さ、早霧っ!?」
「んー?」
「ち、近くないか!?」
「近づいてるからねー」
グイグイと。
隣に座る早霧が距離を詰めてくる。
近いっていうか、肩とか腕は完全にくっついていた。
夏の匂いをかき消すぐらい、いつもの甘い早霧の匂いが漂ってきて、俺の頭がまた熱に侵されていく。
「お邪魔しまーす」
「お、おうっ!?」
俺の肩に早霧が頭を預けてきた。
日陰の下だというのに、暑くて熱い。
もう水筒の水だけじゃあこの熱は冷やせそうになかった。
「やっぱり蓮司といると落ち着くー……」
「そ、そうか!?」
俺はちっとも落ち着かなかった。
何故ならこのシチュエーションが少なからず夢と似通っているからである。
まあ早霧は一人しかいないけど、それでも夢じゃなくて現実の早霧なので二倍にも三倍にも無限大にも魅力的だった。
「な、なあ早霧……?」
「んー?」
このままでは早霧の魅力によって朝の公園で大変なことになってしまうので、俺の方から話題を切り出した。
早霧は俺の肩に頭を乗せたまま、器用に視線だけを上目遣いで向けてくる。
落ち着いているのか家で見るような安心した表情だけど、今の俺が至近距離で見るには危険すぎた。
「そ、その……昨日の写真だけどさ……」
「んー」
「い、今……着てるのか?」
「んー…………んぇっ!?」
――バッ!
俺の質問に目を見開いた早霧は、変な声を出しながら横に距離を取る。
そのまま胸元を抱きしめるように両腕で隠しながら、真っ赤な顔をして俺を見た。
「き、着てないよっ!?」
「お、おう……なら、良かった」
「私が良くないけどおっ!?」
閑静な住宅地の中にある静かな公園で、早霧の叫び声が響いていく。
「な、何でそんなこと聞いたの!?」
「いやだってさ、今度着てくるなんて言ったの早霧だし……」
「え、えっち! 蓮司の、えっち……」
「……ごめん」
まだ胸元を両腕で抑えながら、離れた早霧がまたゆっくりと近づいてくる。
変な目で見られたけれど、学校指定のポロシャツとハーフパンツの下にあの黒下着を着ていないということで、早霧のことをこれ以上変な目で見なくて良くなった。
それはそれとして、気まずいけど。
「さ、流石の私だってラジオ体操とか学校があるのに、あんなの着ないって……」
「……そ、そうだよな」
あんなのっていう自覚はあるらしい。
それを早霧は俺に送ってきたんだよな?
そう考えるとやっぱり意識してしまう……いや俺が意識しすぎなのだろうか。
昨日あの画像を送られてから夢で見るぐらい、ずっと考えちゃってるし……。
「い、今だってほら、動きやすいスポブラだし……」
「いぃっ!?」
グイッと、早霧が俺に近づいて。
ポロシャツのボタンを外して、胸元を見せてきた。
白いポロシャツの隙間からは確かに灰色のスポーツブラが見える。
それはそれとして、早霧の大きな胸の谷間はまるで隠せていなかった。
その光景を見てしまった俺はベンチに座りながらこれでもかと背筋を伸ばす。
そして俺の首が捻じ曲がるんじゃないかってぐらいの勢いで、思いっきり視線を逸らしたんだ。
「……蓮司?」
「そ、そういうのはその……! 外でしない方が、良いと思うぞ……」
「……え?」
少し、間を空けてから。
「…………っっっっっっっっっっっっっっ~~~~~~~~!!??」
自分がしている大胆なことに気づいた早霧の、声にならない悲鳴が聞こえてきた。
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