第139話 「発表が、あります!」

「良い? アイシャちゃん……どんなに仲良しで優しくても、男の子に止めてって言うと余計に喜んじゃうかもしれないから気をつけなきゃ駄目だよ……」

「ンー? よくわかんないけどわかった!」


 早霧がアイシャに何かを吹き込んでいる。

 日陰の下のベンチからチラチラと俺を見てくるのですごく気になるが、近づくと猫のようにシャーッと威嚇してくるから近づくことが出来なかった。


「すみません蓮司お兄さん、遅くなってしまって……」

「ん? いや、別に良いぞ? 俺も早霧もさっきまで……」


 言いかけたところで視線を感じたのでベンチに視線を向ける。


「シャーッ!!」


 めちゃくちゃ威嚇された。

 どうやら俺の親友は完全に猫になってしまったよう、だ……。


「猫……」

「え? どうしたんですか?」

「い、いや何でもないぞ何でも!」


 忘れかけていたのに今朝見た夢をまた思いだしてしまった。

 猫になった早霧をオオカミになった俺が色々な意味で食べるという夢は、目の前にいる純粋な目をした少年に聞かせることなんて出来ないのである。


「て、ていうか厚樹少年はどうして彼女をおんぶして来たんだ?」


 なので、誤魔化すことにする。

 最近自分に都合が悪いことがあればすぐに誤魔化す癖がついている気がする。

 すまない厚樹少年……俺みたいな大人にはならないでくれ。


「え? あ、あはは……えっと、昨日のラジオ体操あったじゃないですか?」

「あぁ……アイシャが君から離れたくないから、早霧の提案でお互いに後ろから抱きついてやったアレな……」

「アレ、アイシャが気に入っちゃったみたいで、その……昨日帰ってからずっと僕の後ろにベッタリくっついちゃって……」

「それで、おんぶか……」

「あはは……」


 純朴な少年が照れくさそうに笑う。

 夏の日差しに照らされた好青年もとい好少年はとても爽やかで絵になった。

 そのせいで一日中ベッタリくっついていたというとても気になる言葉も危うく気にならなくなるところだった。

 そのことについてすごく聞いてみたいが、下手に少年少女のピュアな恋路に介入するべきではないし、何より俺と早霧も大概だったと自分で自分を振り返る。

 

 思えば、俺の周りに俺たち以外でこんなに……その、くっつきあっている男女っていないなぁ。

 長谷川はユズルにずっとラブコールを送っているけど、肝心のユズルが鈍感なのか恋に興味が無いのか長谷川に慣れてしまったのかわからないけど相手にされてない感じだし……いや、あの大男と小動物会長がそんな感じだったらそれはそれで大変な絵面になりそうだ。


 いや、それが自分らしさ研究会っぽいと言えばぽいのかもしれないけれど。

 という訳で頑張れ、長谷川。


「あの……蓮司お兄さん?」

「ん? お、おう……どうした?」


 思考が二転三転して、気づけば今はいない大男に意識が向いてしまっていた。

 俺は頭の大半を占めていた暑苦しい大男を太陽へと放り投げて、目の前にいる少年の言葉に耳を傾ける。


「えっと、蓮司お兄さんたちは僕たちが公園に着いた時に何をしてたんですか?」

「…………」


 一瞬だけ、傾けなきゃ良かったと後悔した。

 しかしそれでは不公平である。

 少年に恥ずかしい想いをさせて、俺だけ答えないのはあまりにもカッコ悪いのだ。


「……追いかけっこ」


 けど正直に言うのも恥ずかしいのである。

 口が裂けても早霧に追いかけられ始めたのに途中で早霧の好きなところを言うフェイズを挟んだことにより早霧のことが愛おしくなってその間に早霧が疲れ始めて早霧に追いついてこのままだと俺が早霧を捕まえられそうだなという悪戯心から攻守が逆転してその華奢な身体を抱きかかえてグルグル回ったなんて言えるわけないだろう。


「え? 追いかけっこって、だっこもするんですか?」

「……する、日もある」

「確かに……アイシャも僕を見るといつも飛びついてくるし、やっぱりそうなんですね……」


 これは、どっちだ?

 俺が純粋な少年を騙している罪悪感を感じた方が良いのか?

 それともその次々に出てくるラブラブエピソードについて聞いた方が良いのか?

 ていうか厚樹少年、純粋を通り越してかなりの天然が入ってないか?


「……あれ? それじゃあどうして早霧お姉さんは怒ってるんですか?」

「…………俺が勝っちゃったから、かな」


 嘘は言ってないと思う。

 ていうか天然だと思った瞬間に急に鋭いことを聞いてきてかなりドキッとした。

 侮れない少年である。


「勝つと駄目なんですね……」

「俺が大人げなかったんだ……」


 素直に捕まって早霧の好きなところを耳元で囁やいておけば良かったのだろうか。

 いや、それをしたていたら厚樹少年たちが来た時にもっと大変なことになっていただろう。

 そう考えるとこれで良かったのかもしれない。


 ……後でちゃんと早霧の機嫌取っておこう。


「――蓮司!」

「――アツキ!」


 その時だった。

 俺と厚樹少年がベンチから離れた場所で快晴の空を見上げて黄昏れていると、そんな俺たちを呼ぶ声がする。


 当然、早霧とアイシャである。

 ベンチで話していた二人は俺たちの前に歩いてくると、揃って腰に手を当てて胸を張った。


「発表が、あります!」

「……マス!」


 早霧が堂々と宣言をして、それにアイシャが続く。

 白髪ロングの美少女と金髪ブロンドの美少女が並んでするドヤ顔は圧巻だった。

 こういう場合何かを企んでいることは間違いないが、アイシャと話したおかげで機嫌が良くなっているみたいで俺としては嬉しい。


「アイシャ? どうしたの?」


 この場で一番純粋な厚樹少年が首を傾げる。

 多分普段のアイシャはこういうことをあまりしないんじゃないだろうか。

 そう考えると、彼女はめちゃくちゃ早霧に影響を受けているなと思った。


「……あまり変なこと吹き込むなよ?」

「ふっふっふっふっふっふっふっふっふっふっふっふっふっふ、大丈夫だよ!」


 ふ、が馬鹿みたいに多かった。

 それだけ自信があるんだろう。あまり良い予感はしないけど。


「アイシャちゃん、やっちゃって!」

「ハイ! アツキーっ!!」

「えっ!? あ、アイシャ!?」


 早霧の号令と同時にアイシャが飛び出して、長い金色ブロンドの髪が揺れる。

 彼女は勢いそのままに、真正面から厚樹少年に抱きついた。


「ギューッ!!」

「ど、どうしたのアイシャ!?」


 夏の暑さに負けないぐらいの熱い抱擁だ。

 アイシャは決して離すまいと、厚樹少年に抱きついている。

 いくら年下といえど、目の前でこんなに熱いハグを見るのは少し照れるな。


「れーんーじー?」

「……えっ?」


 だから、二人に気を取られて目の前に忍び寄る早霧に気づかなくて。


「ぎゅーっ!!」

「お、お前もかぁっ!?」


 次の瞬間には、隣にいる彼らのように早霧が俺に正面から抱きついてきた。

 お互いが着ている学校指定のポロシャツ越しに、早霧の身体の……大きな胸の柔らかさが俺の胸元に広がる。


 ただでさえ暑いのに、体感温度が一気に急上昇した。


「今日はこのまま、ラジオ体操をします!」

「……マス!」


 目の前の早霧が俺に宣言し、それに続くように隣のアイシャが厚樹少年に告げる。

 白い髪が俺の鼻先に触れてくすぐったさを感じる暇もなく、早霧の細い手が俺の手に重ねられた。

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