第137話 「みんなは好きな人、いる?」

 早霧による無言のポカポカ抗議を受けること十数秒。

 夏の暑さと基礎体力の無さにすぐ疲れてしまった早霧は、頬を膨らませながら日陰のベンチに座って休んでいる。

 別に悪いことは何もしてないよなと思った俺だが、機嫌を損ねてしまったのならなんとかしたいと思う。


「なあなあ兄さん! もっと姉さんのこと聞かせてくれよ!」

「こ、告白はどっちからしたんですか!?」

「け、喧嘩とかしないの……?」


 だが。

 何故か少年少女たちに尊敬の眼差しを向けられ、懐かれてしまった。

 悪い気分じゃない。むしろ嬉しいけど子供たちのブロックにより早霧に近づけない状況が出来上がってしまっていたんだ。


「さ、早霧……! み、見てないで助けてくれないか!?」

「……みんな知りたがってるし、もっと言えばー?」

「それで怒ったろお前!?」


 プイっとそっぽを向かれてしまった。

 けれど赤くなった耳は俺の方を向いている。

 女の子の心はとても難しい。


「おおまたイチャイチャしてる!」

「これが大人のやり取りなんですね!」

「い、嫌よ嫌よも好きの内……!」


 そんな俺たちの様子を見て更にテンションが上がる少年少女たち。

 そして麦わら帽子の女の子からは草壁と似たような雰囲気を感じた。まあ首絞めとか言わないだけマシではあるけど。


「頼む早霧! お、俺だけじゃ無理だ……!」


 それはそうと俺は速くも限界を迎えていた。

 別にこのまま俺がこの炎天下の中で早霧の好きなところについて語りつくしても良いけれど、この後は厚樹少年とアイシャのコンビが来る。

 この三人と時間をズラしたいとお願いされたことから、何か特別な理由がある筈なのだ。


「……どうしよっかなぁ?」


 だというのに早霧はまだ俺に揺さぶりをかけてくる。

 俺も人のことは言えないが、親友の意味を分かりあって今まで以上に無遠慮になった気がする。

 それはめちゃくちゃ嬉しいことだけど、今だけは助けてほしかった。


「お願いだ早霧! お前だけが頼りなんだ!」

「…………私だけ?」

「ああ! 俺じゃこの三人の知的好奇心を満たしてやれない! だから力を貸してくれないか!?」

「……しょうがないな、蓮司はぁ」


 シュバッと。

 ベンチから勢いよく立ち上がった早霧が近づいてくる。しぶしぶと言った口調だが、その口元はこれでもかとニヤけていた。

 やっぱり分かりやすいな、早霧は。


「はーい! みんなちゅうもーく!」

「お、今度は姉さんが聞かせてくれるのか!?」

「良いんですか!? よろしくお願いします!」

「も、もっとすごいお話しが良いな……!」

「ふっふっふ……良いよぉ、話しちゃうよぉ!」


 めちゃくちゃノリノリだった。

 一気に子供たちから囲まれても、上機嫌で対応をし始めた。

 これで俺も一安心である。


「蓮司はねぇ、ああ見えてとっても泣き虫さんなんだよぉ?」


 ……ん?


「私のことが大好きでね、私に抱きつきながら大声で泣いちゃうこともあるんだぁ」


 ……おいちょっと待って。


「泣き止んだその後も、私のことが好きすぎてずっと離してくれなくてね……えへへ赤ちゃんみたいですっごい可愛かったんだよ!」

「嘘だろ! に、兄さんがか!?」

「だ、大胆ですね!?」

「ひ、人は見かけによらないって本当だったんだ……!」

「早霧ぃっ!?」


 してやられた。

 完全にさっきのカウンターである。

 確かにそれは事実だけど、早霧の主観や誇張が多く含まれていないか!?

 ていうか昨日あったことをそのまま彼らに言うんじゃない!

 刺激が強すぎるだろうが!


「だからね、蓮司のことがもっと好きになったの。今までも大好きだったけど、好きな人の新しいところが見つかるのって、とっても素敵なことなんだよ!」

「そ、そうなのか……!」

「すてき……!」

「わ、わぁ……!」


 早霧の気持ちが思いっきり乗っかってるせいかおかげか、三人はその話に聞き入り三者三様に目を輝かせて頷いている。

 かく言う俺もそんなことを想ってくれていたのかと胸が熱くなり、直前のことは全部どうでもよくなった。

 チョロい男である。


「みんなは好きな人、いる?」

「え!?」

「え!?」

「え!?」


 そして。

 早霧は腰を落として三人と同じ目線の高さになる。

 聞き入っていた三人はまさか自分たちに話が振られるとは思っていなかったらしく、同時に驚いた。


「あ、アタシは別に……」

「わ、私も……」


 その質問にいち早く口を開いたのは、二人の少女だった。

 女の子の方が精神的成長が速いと聞くし、同性である早霧からの質問に答えやすいのだろう。

 そう否定した二人だったが、その視線はどちらも間にいるツンツン髪の少年に向けられていた。


 おや、これはまさか……?


「あ、アンタはどうなのよ!?」

「う、うん……。す、好きな人、い、いるの……?」

「はぁっ!?」


 そのまさからしい。

 勝ち気なポニーテールの少女も、大人しい麦わら帽子の少女も、二人そろって顔を赤くしてツンツン髪の少年に詰め寄っていく。

 突然の三角関係に発展した少年少女たちのやり取りに俺も目を離せなくなった。


「い、いや……お、俺は……」

「お、オレは……?」

「い、いるの……?」


 突如窮地に立たされた少年。

 そんな彼が選んだ答えは――。


「お、教えねーしー!!」

「あ!? ちょっと、言いなさいよー!!」

「え!? ま、待ってよぉ……!」


 ――逃走だった。

 全力で彼は公園の外へ向かい走り出し、虚を突かれた少女二人は遅れて彼を追い、駆けだしていく。


「…………」

「…………」


 結果、公園に残されたのは俺と早霧の二人だけになった。

 さっきまで騒がしかったのに、まるで嵐が過ぎたように静寂が生まれて。


「……教えないってことは、好きな子がいるってことだよね?」

「そこじゃないだろうが」

「あうっ!?」


 健全な少年少女たちの関係を動かした早霧は興味津々な様子だった。

 だから俺はとりあえずその頭にチョップを一発お見舞いする。

 これで明日のラジオ体操で三人が気まずそうにしてたらどうするんだという気持ちと、さっきのポカポカの仕返しを含んだ軽いチョップ。


「う~~~~~~~~!!」


 俺は悪くないはずなのにめちゃくちゃ睨んでくる。しかもさっきと同じで頬まで限界に膨らませていた。

 今は他に誰もいないので試しに手でその膨らんだ頬を挟んでみると、ぷほっとマヌケな音がして早霧の口から息が漏れる。

 その息が手のひらに当たって、少しだけくすぐったくて。


「れー! んー! じー!!」

「うわ!? 何だお前もか早霧ぃ!?」


 すると早霧は急に俺に掴みかかろうとした。

 それを俺は反射的に避けてしまう。

 逃げる俺、追う早霧。

 かくして二人きりになった公園で、突然謎の追いかけっこが始まったのだった。

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