第96話 「……ゲーム、だもんね?」

 始まる前からとんでもないハプニングに見舞われながら、オンラインでの『億万長者ゲーム』は開催された。

 プレイヤーネームはグループトークの名前と同じ、ゆずるるん、GOGOO、くさかべん、れんじ、の四人。

 それぞれが自分に似たアバターのキャラを使って架空の人生を追体験して子供時代から老人までを生き、億万長者を目指していくすごろくゲームだ


『くさかべんさんが提案した政策がたくさんの人に指示されて一躍し、時の人となりました! お礼に三億円もらえます!』


くさかべん【ひょわぁ!? ま、またですかぁ……!?】

ゆずるるん【すごいねひなちゃんっ! どんどんお金持ちだっ!】

GOGOO【羨ましいぜ……俺にも少し分けて欲しいぐらいだ……!】

さぎりん【ひなちんダントツトップだね!】

れんじ【本当に豪運だな……】


 ルーレットを回して進んだマスの指示に従いイベントが起き、ステータスやお金が上下するのがこのゲームの醍醐味だ。

 圧倒的所持金で一位を爆走する草壁のキャラクターは国会議員となってバリバリの人生を謳歌していた。


くさかべん【お、お金だけあっても人生は孤独なんですよぉ……!】


 しかし草壁的には納得していないようである。

 草壁は何故か恋愛や友好的なマスを一切踏まずにステータスや金銭に関わるイベントしか起きていない。

 ゲームとはいえ、これも一つの幸せの形なのだろうか、本人は嫌そうだが。でも一位だ。


GOGOO【じゃあ次は俺だな!】


 そして次は長谷川の番。

 長谷川に似た大きなキャラクターがルーレットを回すと、そこはマイナスイベントのマスだった。


『GOGOOさんは野球の試合で特大ホームランを打ちました! しかしバックスクリーンに当たったボールが機械を壊して大損害で試合が出来なくなっちゃった! 損害賠償として五億円払わないと……!』


GOGOO【またかよおおおお……!!】

ゆずるるん【で、でもホームランはすごいじゃあないかっ!】

くさかべん【しゃ、借金合計三十億なんて初めて見ましたよぉ……!】

さぎりん【ホームランで球場壊すと選手が払わないといけないんだね?】

れんじ【さぎり、これはゲームだ。あと長谷川はドンマイだ】


 運動のステータスだけに愛された長谷川のキャラクターはメジャーリーガーとして活躍している。

 草壁とは違いキャラクターは結婚をしていて二人でアメリカで夢の生活を送っているのだが、マイナスマスしか踏まなくて借金地獄。圧倒的最下位を叩き出していた。


GOGOO【ゆずるちゃんの褒め言葉があればこの借金の中でも生きていける……】


 ゲームと現実が混同している、どこまでもぶれない男だった。


ゆずるるん【じゃあ次は私の番だっ!】


 悪い流れのままユズルの番になった。

 これまたユズルに似た小動物チックなキャラクターが大きなルーレットを回すと、笑顔のマスへと止まった。


『ゆずるるんさんは近所の公園に一家団欒のピクニックに出かけたよ! ここほれワンワン! 愛犬が突然地面を掘り出すとなんと埋蔵金がたっくさん! 歴史的発見で三千万円貰えちゃった!』


ゆずるるん【わわっ! 埋蔵金だって埋蔵金っ!】

GOGOO【うおおおおお! 流石ゆずるちゃんだぜええええええ!】

くさかべん【結婚して子供もいてペットもいる、理想的な人生ですよぉ……】

さぎりん【流石ゆずるんだね!】

れんじ【近所の公園に埋蔵金があるってツッコミは誰もしないんだな】


 ユズルのキャラクターは幸せな人生を送っていた。

 草壁が言うとおり家族がいるだけじゃなく一軒家も購入して大きな不幸もなく、こうして時たま幸せが訪れるといういたって平和な生活だった。

 波乱万丈すぎる草壁や長谷川と違って順風満帆と言えるだろう。

 ちなみに順位は三位である。


ゆずるるん【ありがとうありがとうっ! でも幸せならレンジもすごいよっ!】


 急に俺へのパスを回すところが、自分らしさ研究会会長の器の大きさなのかもしれない。しかしその期待は俺に新たな緊張をもたらした。


れんじ【……あまり期待するなよ?】


 そして最後に俺の番。

 俺に似たキャラクターと、なんか隣にいる早霧に似たキャラクターが一緒にルーレットを回すと……ハートのマスへと、また、止まった。


『おめでとうございます! れんじさんはパートナーとの絆が奇跡を起こし、新しい命を授かりました! 他の方々からルーレットでご祝儀を貰いましょう!』


れんじ【……だ、そうだ】

ゆずるるん【すごいすごいっ! これで五人目の赤ちゃんだねっ!】

GOGOO【仕方ねぇなぁ……新しく借金してでもご祝儀くれてやるよ!】

くさかべん【ら、ラブラブですねぇ……】


「…………」

「…………」


 テレビに映る画面とスマホのメッセージに視線を移して、俺たちの間では気まずい空気が流れていた。

 それもこれも恋愛街道まっしぐらな生き方をしている俺に似たキャラクターが、学生の内から結婚して子宝に恵まれまくっていたからだ。

 しかもその相手となるキャラクターもどこか早霧に似ていて、四人目の子供が生まれてからは何故か一緒にルーレットを回すようになる特別仕様。

 しかしこれはあくまでもゲームで、架空の子供が出来たぐらいじゃ気まずくはならない。

 じゃあ何故気まずいか?

 それは全年齢対象のこのゲームにおいて、子供が起きる奇跡というのがキスだったからである。


れんじ【……次、草壁の番だぞ】


 短いメッセージをスマホで送ってからコントローラーのボタンを押して、テレビ画面でデフォルメされたキスをしているアバターの画面をスキップする。

 今までプレイしてきてこんなにゲームで緊張すると思っていなかったのは、早霧が隣で見ているからだろうか、ゲームのようにキスをするようになったからだろうか、それとも、早霧が無言で寄りかかってきて俺の膝の上で指先をクルクルと這わしているからだろうか。


「……えっち」

「……いや、これ、ゲーム」


 全年齢対象のゲームでしていい気まずさじゃない。

 ちなみにさっきからずっとこんな感じだった。

 まさか他の皆は俺たちが画面の向こうでこんな感じになっているだなんて絶対に思わないだろう。俺だって思っていなかった。


「……子供の時さ、キスしたら赤ちゃん出来ちゃうって話あったよね?」

「……だ、だな?」


 あ、この流れはマズいやつだ。


くさかべん【ひょええええっ! なんか総理大臣すっ飛ばして宇宙国際交流親善大使とかいう知らない職業になったんですがぁ……!】

GOGOO【俺なんて百億ドルの借金とか馬鹿みたいな桁になったんだけど!? ていうか何で俺だけドルなんだ!?】

ゆずるるん【あ、子供の授業参観だってっ! 頑張れーっ!】


 そんなマズい流れの中で、一部阿鼻叫喚の億万長者ゲームが続いていく。


「ほ、ほら俺の番! 俺の番だ!」


 そしてこの流れを断ち切るべく、コントローラーを握った俺はルーレットを回す。

 ……ハートのマスへと止まった。


『おめでとうございます! れんじさんはパートナーとの絆が奇跡を起こし、新しい命を授かりました! 他の方々からルーレットでご祝儀を貰いましょう!』


 六人目が、生まれた。

 どうなってんだこのゲーム。


「……またキス、したね」

「……げ、ゲームだからな?」

「……ゲーム、だもんね?」

「うおっ!?」


 押し倒される俺。

 本日二回目の快挙である。


「ま、待て早霧っ! 今はまだゲーム中で――」


 そんな俺の言葉は虚しく。


「――んぅっ」


 早霧の唇によって塞がれてしまった。

 覆い被さる体温が、冷房が効いた部屋の中で熱となる。言い訳を考えていた思考は溶けて、長く触れ合うキスの快楽に飲み込まれた。


「……あと五回、良いよね?」


 通算六回。

 ゲームの俺がキスをした回数である。


「――んっ」


 いつもより長いキスの後に唇を離した早霧はすぐにまた唇を重ねてきて、休む暇さえ無かった。


くさかべん【あれ同志……? 生きてますかぁ……?】

GOGOO【熱々の画面を見せ付けたままトイレにでも行ったのか!?】

ゆずるるん【そういえばさっきから、さぎりんもトークに参加してないねっ?】


 ――ピロン、ピロン、ピロン。

 スマホからメッセージの音が鳴り響く中。


「さ、早霧……まっ、んんっ……」

「あと、んっ、三回だからぁ……あむっ……」


 その間も俺は夢中になった早霧にキスをされ続けていた。

 余談だが億万長者ゲームはそのまま草壁の圧倒的勝利で終わる事になり、俺のキャラクターは最終的に十人の子宝に恵まれて二位という結果になった。


 いや、まあ、その……

 十人の子供がキスで出来たという事は、つまりそういう事である。

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