第95話 「ゲームしない?」

 文字通りの口移しリップクリーム塗りの後は、二人でゴロゴロしていた。

 訂正。俺はドキドキしながらゴロゴロしていた。

 唇に残る柔らかさの感触を思い出しながら、同じベッドの上で隣に早霧がいる。これでドキドキするなという方が無理だ。

 しかしキスの嵐に満足したのかそれ以上早霧からの追撃は無く、俺の横でご機嫌に鼻歌を歌いながらスマホで猫の動画をずっと眺めていた。

 ……生殺しである。


「お昼だね」

「……だな」


 そんなこんなで時間が経過して、正午を告げるチャイムが町内放送用のスピーカーを通して外から我が家にも聞こえてきた。

 食欲も立派な三大欲求なので、妙な気分を一新するには丁度良かったのかもしれない。


「今日のお昼は?」

「カップ焼きそば」

「わーい休みっぽーい」

「おー」


 何故か早霧が拳を握り締めて天へと掲げるので俺も真似して手を上げた。

 深い意味は無い。

 カップ焼きそばにも深いやり取りは発生せず、何事も無く食べ終えた。


「……んむぅ」


 言っておくが、キスはしていない。

 食欲を満たした早霧が俺のベッドの上で眠そうに目を擦っているだけだ。

 キスをして食事をして眠くなる。とんでもなく欲望に忠実な美少女である。


「眠いなら寝たらどうだ?」

「食べてすぐに寝たら牛になるよー?」


 とか言いながら早霧はバッチリベッドの上に寝転んでいた。

 もう感覚がおかしくなってきているけれど、俺のベッドだぞ?


「ゲームしない?」

「ゲーム?」

「うん、眠気覚ましに」

「寝転びながら言っても説得力無いぞ」

「むー」


 完全にグデッとしていた早霧からの提案。

 ベッドの上で寝転び、俺を見上げながら不服そうに頬をプクッと膨らませている、だらしなさの極みみたいな格好だった。


「……そう言って、負けるのが怖いんだ?」

「……なに?」


 どこかで見た流れである。

 これがいわゆるデジャヴという奴だろうか。


「別に良いんだよ? 怖いならやらなくても」

「……上等だ! 何でもやってやろうじゃないか!」

「ふふっ、言ったね?」


 ニヤリと笑って。早霧が起き上がった。

 やっぱりどこかで見たような気がする流れだ。

 そういえば昨日の勝負の罰ゲーム、まだ決まってないな……。


「じゃあこれで勝負だよ!」


 そんな心配事を他所に早霧はリュックの中からある物を取り出した。それは持ち運びも出来てテレビにも繋げられる最新鋭の……。


「……ゲームじゃないか」

「……ゲームだよ?」


 そう、ゲームだった。

 キス我慢対決とかそういう変なゲームではなく、一般的な家庭用ゲーム機だった。


「俺はてっきり、昨日の勝負みたいなものかと思ったんだが……」

「……したいの?」

「…………」

「…………」


 それを言うと何故だか気まずくなった。


「……げ、ゲームしよっか!」

「……そ、そうだな!」


 それを無理やりハイにして元に戻す。

 気分は夏休みの学生だ。そのまんまである。


「やるゲームはもちろんこれだよ!」


 そう言って早霧はゲームソフトが入ったパッケージも取り出し、それを意味も無く天に掲げた。


「じゃじゃーん! 億万長者ゲーム!!」

「……ああ、おう」

「え、もっとリアクション無いの?」

「散々遊びつくしたゲームで、だろうなって感想しか無い」


 そうなのだ。

 元々病弱だった早霧に合わせて俺もどちらかといえばインドアなのである。

 今でこそ学校だったり部活だったりキスだったりで忙しい日々を送っているが、現代っ子な俺たちはゲームも大好きなのだ。

 そしてそんな中でも早霧の一押しはこの『億万長者ゲーム』。

 すごろく形式で子供から老人まで架空の人生を体験しながら億万長者を目指す説明不要な国民的だろうこのゲームは、早霧のお気に入りで発売日からずっと一緒にやっていたぐらいだ。

 それもこれもオンライン対戦まで完備しているのが悪いと思う。


「ぶぅー! でも今日はいつもと違うから!」

「違うって何がだ?」

「じぶけんの皆も誘おうよ!」

「……今からか?」

「今から!」


 つまり早霧は俺と二人ではなく、ユズルや長谷川を巻き込んでやろうと言うのだ。もちろんそんな予定は無く、完全に思いつきである。


「そんな急に連絡してもアイツ等だって忙しいんじゃないか? 長谷川とか夏休みはバイト三昧だろうし……」

「あ、大丈夫だって!」

「嘘だろ!?」


 ――ピロン、ピロン、ピロン。

 早霧がスマホでメッセージを送るとすぐに返信があった。


ゆずるるん【良いねっ! やろうやろうっ!】

GOGOO【ゆずるちゃんがやるなら俺もやるぜ!】

くさかべん【わ、私も良いんですかぁ……?】


 じぶけんメンバー全員参戦決定である。しかも、草壁も添えて。

 一応補足しておくと、ゆずるるんが城戸ゆずること小柄な少女ユズル、GOGOOが長谷川剛こと大男長谷川、くさかべんが草壁ひなこと首絞め願望少女草壁である。

 メッセージトークでも喋り方変わらないなコイツ等……。


「……ていうか草壁も億万長者ゲームやってるんだな」

「うん! この前ひなちんとジュース買いに言った時にその話もしたんだよ! 大家族だからこういうパーティゲームはよくやるんだって!」

「ああ……」


 確かにコントローラー両手にひゃわひゃわ言ってる姿は簡単に想像がつく。

 しかし全員揃いも揃って暇なのか。ユズルはともかく長谷川と草壁はバイトしてるのに。誘った早霧の運とタイミングが良かったのかもしれない。

 運が圧倒的要素をしめる億万長者ゲームにおいてこれは強敵だ。


さぎりん【じゃあ部屋作るよー!】

れんじ【よろしく頼む】


 そして俺と早霧もじぶけんのグループトークに返事をする。この二人は言わなくても分かるだろう。

 みんな自分の名前の後ろに何かを付けたがるのは何故なんだ?


「じゃあ蓮司、頑張って!」

「……は?」


 そして渡されるゲーム機。

 俺は思わず早霧の顔を見る。ニコニコだった。


「億万長者ゲームは最大四人だからね。じぶけん全員参加だし私は隣で見てるよ!」

「……良いのか? 早霧がやらなくて」

「うん。そっちの方が蓮司が変なマスを踏んだ時に笑えるから!」

「最悪の気遣いをどうもありがとう」


 ミスする前提で話を始めるなよ。

 しかしそこまで言われては俺も負けてられない。早霧が見ている横でぶっちぎりの一位で億万長者を目指してやろう。


「よーし、がんばれんじー」

「急に脱力するな寝るな寄りかかるな!」


 全ての役割を終えて達成感に包まれた早霧が倒れこんでくる。

 電車で隣の人が肩に頭を乗せてくるレベルMAXみたいな寝転び方だった。つまりめちゃくちゃくっついてきて良い匂いが俺を襲ってきていたんだ。


 ――ピロン。


くさかべん【あのぉ……億万長者ゲームって四人までしかぁ……】


 と、俺の屈強な理性が破られようとした時にメッセージの通知音と共に草壁の助け船が送られてきた。

 危ない危ない。

 なんとか正気を保てた俺は既に解決している問題を送ってくれた草壁に感謝をしながら状況を説明するんだ。


れんじ【大丈夫だぞ? 早霧なら俺の隣で寝てるから】


 ――ピロンピロンピロン!


ゆずるるん【え?】

GOGOO【は?】

くさかべん【ひょえっ!?】


 既読がついた瞬間に爆速で三人から返事が来た。


「……ん? 何でだ?」


 しかし理由が分からない。

 俺と早霧が幼馴染でよく家で遊んでいる事はユズルも長谷川は知ってるだろうし、草壁にいたっては親友でキスをする仲というのも知っている。

 今さら驚くことは何も無いと思うが……。


「い、いいい……言い方ぁっ!?」


 かと思えば隣から。

 件のやり取りを自分のスマホで見た早霧が顔を真っ赤にして起き上がってきた。


「え? 言い……方っ!?」


 そして俺も気づいた。

 己がしでかした過ちを。日本語というクソ面倒くさい言語の恐ろしさを。


れんじ【ち、違う! 今のは言葉のあやだ!】

ゆずるるん【ふ、二人はもうそんなにっ……!】

GOGOO【お前! この前から、お前……!】

くさかべん【ひ、一夏の過ちにしたって速過ぎますよぉ……!?】


 慌てて訂正のメッセージを送っても、三人は中々信じてくれなかった。

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