第84話 「むぐっ!?」

「あ、これ美味しい! 蓮司にレンジ、これふっほひほひひーほ!」

「口に詰め込みながら喋るんじゃない」


 俺たちはショッピングモールにあるお洒落で今風なカフェに来ていた。説明が曖昧なのは俺も早霧もそういうのに疎いからである。

 普段行かないそれっぽいところにしようってなったらここになった、ただそれだけである。


「むぅ、蓮司はうるさいなぁ。ねー、レンジ」

「……はたから見たら結構痛いぞお前」

「ボックス席なんだから蓮司しか見てないよ」

「俺が見てるって言ってるんだが」


 早霧はあのぬいぐるみ屋で気に入っていた、顔が傷だらけのオオカミのぬいぐるみを購入していた。あの時のおじいさんの達観したような笑顔は忘れられない。

 レンジで決定らしいその無愛想なオオカミを隣に座らせて話しかけている。なんていうか、悪意しか感じなかった。


「……ていうか、ぬいぐるみって思ってたよりも良い値段するんだな」

「蓮司、いきなりお金の話はどうかと思うよ。でも確かに高かったね、歴戦の勲章があるからかな? ダメージジーンズみたいな」

「よし、俺は何から突っ込めば良い?」


 お金の話をするなって言った直後にその話に乗って、オオカミの顔にある傷を勲章と表現したのはまだいいがそれをダメージジーンズと同じレベルに扱った幼馴染をどうしてくれようかと思った。

 言った本人は何の悪気もなく目の前にあるドデカい山積みのシロップがふんだんにかけられまくってその上に特大のアイスが乗った見ているだけで胸焼けしそうなパンケーキを美味しそうに食べている。

 これがこの世の邪悪かもしれない。


「……早霧の部屋にもぬいぐるみが沢山いるよな?」

「あるじゃなくているって言ってくれるの早霧ちゃんポイント高いよ?」

「……貯まるとどうなるんだ、それ」

「可愛い早霧ちゃんにキスができます」


 悪徳商法も良いところだった。

 俺の中で早霧邪悪ポイントが一つ貯まった。


「今ならポイント二倍でさらにレンジを現金支払いしてくれたからさらに倍! あっ、おめでとう蓮司! ポイント貯まったよ! んー!」

「…………」


 俺はフォークを手に取りパンケーキに刺して早霧の口に押し当てた。


「むぐっ!?」

「これでポイントゼロだな」

「ひ、ひどーっ!?」


 すごい勢いでパンケーキが食べられていき、早霧が怒った。

 喜んだり食べたり怒ったりと忙しい奴である。


「それで、さっきの質問だが」

「どれ?」

「早霧の部屋にぬいぐるみが沢山いるというアレだ」

「ソレかぁ」


 ドレだと思ったんだ?


「この前見た時、見慣れないぬいぐるみもあった気がしたんだが。今でも買ってるのか?」

「うん、買ってるよ。お小遣い貯めたり、誕生日だったり、クリスマスだったりで新しい子を随時お迎えしております、えっへん!」

「誇る要素どこだよ……ていうかその一部で良いから部屋着、買ったらどうだ?」

「……部屋着って、着れれば良くない?」


 学校の奴らが聞いたら卒倒しそうな残念美少女っぷりだった。


「去年もアレ着てなかったか?」

「よく覚えてるね、一昨年から着てるよ」

「何で年数張り合った?」

「先を見越して中学の時からすごく大きめのを買っておいたのです!」

「だから誇るところじゃないからな?」

「いーじゃん誰に見せる訳でもないんだから」

「だから俺が見るって……何回だからって言わせれば気が済むんだお前は!」

「勝手に言ってるの蓮司だよ」


 俺たちは同じ言葉を話している筈なのに絶妙に噛み合っていなかった。


「……もういい。それで? 新しい子をお迎えしまくってるらしいけど、今までの子はどうしてるんだ?」

「もちろんいるよ! 今はね、パパとママの寝室に……あ、ちょっと待ってね確かこの前写真で……ほらっ!」

「…………おお」


 早霧がスマホを取り出して見せてきた写真は圧巻だった。

 落ち着いた部屋の中の落ち着いた感じのダブルベッドの周囲をおびただしい数のぬいぐるみたちが埋め尽くし、その中心にいる優しそうで人が良さそうな白髪で眼鏡をかけた男性……早霧の父さんが笑顔でダブルピースをしている。

 溺愛している娘のお願いで娘の好きなものに囲まれて写真を撮られたお父さんは、とても幸せそうだった。


「……って、ちょっとまてここ両親の寝室って言ったか!?」

「言ったよ?」

「ここでパパさん寝てるのか……」

「ママもだよ?」

「そういう意味で言ったんじゃない」


 早霧の部屋以上にファンシー空間だ。

 誰だ、落ち着いた部屋とかいった奴……俺か。


「……このペースで行くと、いつか部屋を埋め尽くすんじゃないか?」

「それもありだねー」

「正気かお前?」

「もち! ろん! だってさ、パパとママが私の為にプレゼントしてくれた子たちだもん! いつか私もママになったら娘にプレゼントしてあげるんだー!」


 ニコニコで嬉しそうに語る。

 早霧の中では娘で確定らしい。


「……息子だったらどうするんだ?」


 だからなんとなく、軽い気持ちで聞いてみた。


「え? そしたらその時はー……その時は娘ができ……うああっ!?」


 すると少し考え事をした早霧の顔が、急にボンッと真っ赤になって。


「いってぇっ!?」


 テーブルの下から、すねを蹴られた。

 つま先で、思いっきり、死角から、思いっきり……!


「な、何するんだお前!?」

「……えっち」

「はあ!?」


 俯いた早霧が口いっぱいにパンケーキを頬張って、抗議する俺を見てくれない。


「……蓮司の、えっち」


 膨れた顔とも真っ赤な顔ともいえる表情で、ひたすらパンケーキを頬張り続ける。

 その間、早霧は俺の事をえっちと言うだけで他には一切口を聞いてくれなかった。

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