第61話 「だいじょーぶだいじょーぶ!」
「昨日お見舞いに行ってから何かあったか知らんけどさ、今日の赤堀めっちゃ八雲ちゃんに甘々じゃん」
二×二に向き合った学習机の対面に座る大男、長谷川が溜息混じりに俺に告げた。
俺が早霧に甘々……?
ははは、そんな馬鹿な。
「……親友なら当然だろう?」
「親友でも男女で連れションは行かねぇよ?」
「あ、あれは入り口までだぞ?」
「入り口まででもだよ!」
狭い部室の中で大男が声を張り上げる。圧がとんでもなく強かった。
確かに長谷川の言う事も正しいが、相手は早霧だし一緒にトイレに行くぐらい……あれ?
「俺はひょっとして、とんでもない事を……?」
「まあそれで付き合ってないって言われても誰も信じないわな。赤堀達がいなくなってから、クラス中ヤバかったんだぞ?」
「付き合って、ないんだが……」
「だからそれが一番謎なんだわ」
俺だって謎である。
早霧が親友という関係にこだわり続ける理由。親友なのにキスをして、抱きついて、腕を組んで、いつも一緒にいて、ベッドで抱き合って……。
思い返せば毎日のように親友というラインを楽々乗り越えている気がする。でもそれが早霧のしたい事ならば俺は尊重したいと思うし、昨日も言ったが困る姿は見たくなかった。
「……なあ長谷川」
「ん?」
「……好きな人の為に何かをしたいという気持ちは悪い事だろうか?」
「え、急にどうした?」
「考えてみてほしい。例えばお前は、ユズルが困っている姿を見たいか?」
「ゆずるちゃんが!? 見たくないに決まってるだろうがっ!!」
即答の、圧。
だがこれで確信した。
「つまりそういう事だよ、長谷川……!」
「なるほどそうだったのか、赤堀……!」
握手。
長谷川は此方側の人間だったのである。
「でもやっぱ一緒に連れションは無いわ」
「長谷川!?」
かと思えば一気に裏切られた。
友達として今後の振る舞いを考えた方が良いかもしれない。
「そーいや八雲ちゃんもお前も、ちょっと前から親友親友って言ってるじゃん?」
「あ、あぁ……」
ショックを受ける俺を無視して長谷川が強引に話を変える。文句を言いたかったがそれが親友の話題なので、一気に俺に緊張が走った。
「……俺もゆずるちゃんに親友って言えば、もっと仲良くなれるかな?」
けれどその質問は俺じゃなく、長谷川本人の悩みで。
「……いつもみたいに笑って流されるだけだと思うぞ」
「おぉん……っ!」
大男が、泣いた。
長谷川は長谷川でユズル相手にモロに好意を向けているのに全く見向きもされていないのである。それは長い付き合いによる弊害か、そもそもそういう対象として見られていないのか、もしくは色恋沙汰に興味が無いからなのかは分からない。
ただ猛アプローチをしているのにこれっぽっちも効果が無いのは不憫だと思う。
そんな俺と長谷川が互いの悩みについて傷の舐めあいもとい塩の擦り付け合いをしていると、我らが自分らしさ研究会部室の扉が勢いよく開いたんだ。
「たっだいまー!」
トップバッターは白く長い綺麗な髪を靡かせた学園一の美少女、早霧である。ここは家じゃないが、笑顔が眩しいのでよし。
「やあやあっ! ただいまただいまっ! 待たせたね、やあやあやあっ!」
その後ろにいたのは自分らしさ研究会の会長で学園一小柄な少女、ユズルである。早霧に影響されたのか彼女もただいまと言っていたが、自力でこの場所を作り上げた本人からしたらそれで合っているのかもしれない。
「ゆ、ゆずるちゃんが俺にただいまを……!? じゃあここがマイハウスだ!!」
そして謎の理論で感銘を受けた大男が両手で口を押さえて喜んでいた。学園一似合わない仕草だと、友人のよしみで教えてあげた方が良いだろうか。
そんないつもの……放っておくと変な方向に暴走を始める自分らしさ研究会一同の変わらない様子に呆れていると、もう一つの人影が目に入った。
「お、おじゃおじゃ、おじゃじゃじゃ……お邪魔します……!」
「……草壁?」
オドオドした目隠れ少女、草壁である。月曜日に引き続き一日振りの訪問だった。とはいえ教室で話すようになったので珍しさはあまり感じないが、彼女はまるで記憶を失った借りてきた猫のようにおっかなびっくりとした様子である。
「ひなちんが暇そうだったから連れてきたよ!」
「お、お邪魔してしまい申し訳ありませぇん……」
聞いてもないのに全部答えてくれる幼馴染は親切心の塊で、何に謝っているか分からない少女は謙虚の塊だった。
「さぎりんが戻ってきて、ひなちゃんもいるっ! さあさあ先日に引き続き、じぶけんを始めようじゃあないかっ!!」
「うおおおおおおおお! いつもの五人って訳だな!」
「いえーいいえいえいっ!」
「ひ、ひょえぇ……」
「完全に畏縮しているんだが?」
席に座らず宣言するユズル、それに全肯定の長谷川が盛り上げ、早霧がそれに悪乗りして、草壁がビビッている。
助け船を出してやらないと混乱と温度差で倒れそうだった。
「……とりあえず座ったらどうだ?」
「それもそうっ!」
「ゆずるちゃんに指を差してもらった、だと……?」
ビシッと俺を指差した自分らしさ研究会会長とそれを怨めしそうに睨む大男の回避不可能なコンボ技だった。長谷川はユズルからしてもらう事は全て羨ましいらしい。
無理だろこんなの。
「ほらほらひなちん、座って座って」
「あ、ありがとぉ……ございますぅ……!」
そして此方は、蚊帳の外で対岸の火事。
平和な二人の席の譲り合いが目の前で行なわれていたんだ。
早霧に席を譲られた草壁が俺の隣に座る。緊張で背筋がピンと伸びていた。
「わ、私なんかが座ってよろしいのでしょうか……!?」
かと思えば震えだした。大人しいように見えて忙しい奴である。
「ああ確かにっ! 毎度そうなるのは良くないっ! ああ、すごく良くないねっ!」
会長のユズルもこの状況に大きく頷いた。
この部室には先ほども言ったが二×二、つまり四つしか椅子が無いのだ。
「ならこの前みたいに俺が立てば良くないか?」
「そ、そんな悪いですよぉ!?」
「だったら俺がひとっ走りしてテキトーな椅子を借りてくるぜ!」
「す、すいません……」
俺の提案が却下され、長谷川が今にも走り出しそうになった、その時である。
「だいじょーぶだいじょーぶ!」
早霧の声が狭い部室に響いたんだ。
「早霧?」
「さぎりん?」
「八雲ちゃん?」
「八雲、さん……?」
自信満々なその様子に俺達全員が注目する中で、早霧は静かに移動して。
「こーすればみんな座れるよ!」
椅子に座る俺の……膝の上に、座ってきた。
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