第57話 「ち、違うからね……?」
上半身裸の幼馴染とベッドの上で抱き合っている所を幼馴染の母親に見られた。
絵的にも言葉的にも不味いその状況は野球的に言えばゲームセット、サッカーならレッドカードで、けれど似たような状況は俺の母さんにも見られていてつまりレッドカードが二枚のダブルスコアで……?
「蓮司くん蓮司くん! お肉いっぱい買ってきたから遠慮せず沢山食べてね! 肉じゃが、ステーキ、焼肉、チキンにハンバーグ! あらやだお赤飯買い忘れちゃったわ! 赤身? 赤身で良いわよね赤いから! うふふふふふふふふふ!!」
「ママぁ!?」
俺の混乱を他所に混沌が生み出されていた。
テーブルにズラッと並ぶ肉、肉、肉のオンパレード。こんなの、中学卒業式の後にクラスでやったお別れパーティーの時にしか見ないぐらいのえげつない量である。
俺と早霧の痴態とも言えるべきワンシーンだけを目撃してしまった早霧似の母親によってこれだけの量が作られたのだ。
人の話を聞かないのは血の繋がりを感じさせ、そこから更にアクティブさとアグレッシブさを追加したような、まるで勝てる要素のない母親だった。俺の隣で早霧が真っ赤な顔をして抗議しているが、まったくもって通用していないのである。
「ねえねえ聞いて聞いて蓮司くん! 早霧ったら最近毎日毎日蓮司くんの話しかしないのよ! 先週の金曜日にウチに遊びに来てた時から何かあるなーって思ってたけどもうそんなに進んでたのね! やっとなのね!」
「わ、ワアアアアアアアッ!?」
あの早霧が防戦一方の無敵お母様。どの家庭も母は強しという事だろうか。
そして本人を前にしてその母親からそれを聞かされている俺はどうリアクションをすれば良いのか分からず、愛想笑いしかできなくて。
「うぶぅ……ふぐぅ……さぎりうぼぉぉ……!」
「まあまあパパったら泣くほど嬉しいのね! 昔から二人の事を応援してきたかいがあったわぁ!」
そんな俺の向かいには、涙で顔をぐちゃぐちゃにした早霧のお父さんがいた。痩せ型で優しそうなお父さんが呼吸困難になりながら震える手で焼肉を噛み締めている光景は、当事者でなければとてもシュールに見えた事だろう。
俺はまだ何も食べていないのに、胃が痛かった。
「ち、違うからね……?」
「お、おぉ……」
今さら何が違うのかとも思う訳だが、爆発しそうなぐらい真っ赤になった早霧の羞恥心を守る為に頷いておく。
昔から馴染みのあるご両親に歓迎されて幸せな筈なのに、素直に喜べないのは俺と早霧の関係故かもしれない。
早霧が望むなら今はまだそれで良いと思っていたが、家族にまで話が伝わるとそれはそれで状況が変わってくる。
「それでそれで? どっちから告白したのかしら!」
「……蓮司から」
「早霧ぃっ!?」
してないが!?
ていうか急に裏切ってきたけどお前それで良いのか本当に!
いや、昨日言った大好きを告白とすればそれで正解かもしれないが、それでも親友と言う関係は変わらなかったのに。
そう頭を悩ませていた時、テーブルの下でクイクイと服を引っ張られて。
「話、合わせて……」
「あ、あぁ……」
今にも恥ずかしさで泣き出しそうな早霧が俺にコッソリと耳打ちをしてきた。その珍しい仕草だけで俺の胸はドキッと高鳴り。
「あらあら~」
「ぉぉぉぼうおお……げほっげほっ……!」
その顔を近づけただけのやり取りは、バッチリ早霧のご両親に見られていた。
早霧の父さんは死にそうで、かく言う俺もその後の食事は美味しかった筈なのに生きた心地がしなかった。
◆
楽しい食卓と言う名の早霧の母さん主催トークショーが終わりを告げた。
あの大量に並んでいた肉料理のほとんどを痩せ型の早霧お父さんがむせび泣きながら食べていく光景は圧巻で、次から次へと昔話を交えながらマシンガントークと質問を投げまくってくる早霧母さんをやり過ごすという脳に負荷がかかりまくる食事会だった。
風邪で学校を休んだ早霧のお見舞いに来ただけなのに。
気づけば早霧とベッドの上でいつものようにキスをして、いつもとは違う弱さを見て、いつもになりかけていた一部がバレた。
「ご、ごめんね……」
「いや、俺こそ……すまん」
玄関先で見送ってくれる早霧がまだ顔を赤くしたまま、目線を合わせてくれない。
親に情事がバレたような気まずさである。間違ってないかもしれないが間違っていて、間違った関係かもしれないが間違っていなくて。
あべこべな俺達はストレートに気まずかった。
「……その、あれだ。早霧が元気で、良かったよ」
こんな時に気の利いた言葉を言える奴がモテるんだろうなって思う。けど今の俺には話題を変える事しか出来なかった。誰か正解を教えて欲しい。
「……うん」
ほら失敗だ、気まずいってコレ。
このまま明日になってもこの気まずさを引きずるの、良くないよなぁ……よし。
「……早霧!」
「えっ?」
俯く早霧の名を呼んで。
「――んぅっ!?」
顔を上げた瞬間に、その唇を奪った。
「……れ、れんじ?」
一瞬だけのキス。
唇を離すと、淡い色の瞳が俺を見上げて。
「……親友、だからな」
その瞳から、俺も目が離せないまま。
「……親友が、元気でいてくれないと、その……困る訳だ」
言った言葉はとっさに出てきた、本心で。
「……だから、明日も、待ってるぞ?」
とんでもなく恥ずかしかったとだけ、言っておく。
「……うん」
その恥ずかしさの見返りに貰った微笑み。
それはさっきまでのてんやわんやの全てを忘れる程に輝いて見えた。
「…………待ってて」
だからだろう。
この何気ない一言で、今日の出来事全部をひっくるめて、早霧のストッパーが完全に外れるとは、この時の俺は思ってもいなかったんだ。
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