第37話 「駄目なの?」

 これは親友と同じベッドに入っただけ。

 だけ、では到底済まされない状況でそれを自分に言い聞かせていた。


 シングルベッドに高校生の男女が並んで寝ている。


 片や夏服のワイシャツとミニスカート、片や寝巻きの半袖半ズボン。

 ミスマッチな組み合わせが一つのベッドの上で同じ掛け布団に収まっている。


 俺の部屋、俺のベッド、俺の匂いの中に早霧の甘い匂いが混ざり込んでいて。

 頭がどうにかなりそうだった。


「蓮司ってさ、寝る時エアコン付けない派だよね」

「な、何だ急に?」

「だってさっき暑かったから……」


 から、何だ?

 さっき暑かったから、なんだ?

 暑かったから制服がはだけていたって言うのか? 俺のベッドの中で? 寝ている俺の横で?


 そんな事、聞ける訳ないだろうが!


「……馬鹿だろお前」

「馬鹿じゃなかったら蓮司に勉強聞かないよ」


 馬鹿のベクトルが違うが、まさか開き直られるとは思っていなかった。

 この馬鹿が手強い事は俺の生きてきた十数年の歴史が証明している。いやはや、厄介な美少女に育ったものである。


 いや、美少女は昔からだったな。


「ねえねえ」

「……何だ?」

「こっち向いてよ」

「……だ、駄目だろ」


 さっきからずっとガチガチの俺は早霧に背中を向けていた。

 ベッドの縁から自分の部屋しか見ていない。馴染んだ部屋なのに、まるで知らない人の家のように落ち着かなかった。


「……むぅ」


不満そうな声が、後ろから聞こえて。


「えいっ」

「っあ!?」


 しっとり熱のある感触が俺の足に広がった。それは多少の重さを生じてゆっくりと絡まってくる。

 掛け布団の内側。半ズボンから露出した足に、ミニスカートから露出した足が浸食を開始して。


 俺の背中にも、大きくて柔らかな感触が押し当てられたんだ。


「さ、さぎ、さぎりぃっ!?」

「……良いじゃん。親友なんだから」


 さっきと同じように焦る俺と、今日は何かが違う早霧。

 休み明けの月曜日。

 思いつく原因は、うやむやになった金曜日のキスだけで。


「駄目なの?」

「……っ!?」


 早霧が俺の背中を指でなぞっているのが、とてもくすぐったかった。


「蓮司から、してくれたのに?」

「さがっ!?」


 原因は当たっていた。

 だが俺はそれどころじゃなかった。


 背中をなぞっていた指が離れ、細い腕がまるで這うように前面……俺の胸元へと回り込む。


 同じベッドの中。後ろから自由を奪われた俺はさながら抱き枕の様。

 早霧が触れている全部が柔らかくて……おかしくなってしまいそうだ。


「男の子の身体してる……」

「おと、おとと、男だからな!」


 多分この解答に意味はない。

 服の上から弄ってくる少女の手が、膝を絡めてくるすべすべの長い足が、背後から押し当てられる早霧という存在全ての柔らかさが、俺を冷静ではいられなくさせていたんだ。


「ねえ、蓮司?」

「ぅっ!?」


 後ろから、耳元で囁かれる。親友ではなく、名前呼びで。

 この違いは何なのだろうか。それは早霧にしか分からない。


「こっち向いてよ」

「…………ぐっ」


 何の変哲もない言葉に、囁かれ続ける甘言に屈してしまった。

 これに耐えられる男なんて、存在しないんじゃないかと思う。その一方で、こんな誘惑を他の男にしてほしくないとも思ってしまったんだ。


「……おはよ」

「……ああ」


 ベッドの上、同じ掛布団の中で顔を合わせた第一声がこれである。

 もう起きてからかなりの時間が経つ。いやもしかしたら全然経っていないのかもしれない。時間の感覚は狂いに狂い、目の前にいる幼馴染の顔しか気にならなかったんだ。


「……顔、赤いね」

「……お前が入ってきたせいだろ」

「……入ってきたのは蓮司だよ」


 ああ言えばこう言う。

 俺の幼馴染はとても強かな奴である。

 

 もし、こういう時……早霧なら多分。


「……良いだろ、親友なんだから」


 こう言う。


「……うん、良いよ」


 どうやら俺も毒されてしまったらしい。

 毒が回ったのは先週から分かっていた。


 今週からどう接したら良い、なんて悩みは最初から意味が無く杞憂だったんだ。

 だって俺の考えなんて全部無視して早霧の方から突然やってくるんだぞ。それも寝ている所とか関係無しにベッドの中にまで入り込んでいたんだから。


 親しき中にも礼儀あり、そんな言葉なんて知らない奴だ。

 いや、親しい友だから……ここにいるんだと思った。


「……良いよ?」


 二回連続の、良いよ。

 けどこの良いよは意味が違っていて、俺の手は勝手に動いていた。


 その流れるようにサラサラの白い髪を撫でながら、熱っぽい頬に触れる。手のひらに吸い付くようなきめ細やかな色白の肌は、朱色に染まっていた。


「早霧……」


 そう、彼女の名前を呼んで……顔を、近づけて。


 ――ガチャリ。

 扉が開く音がして。


「早霧ちゃーん、今日朝ごはんウチで食べて……」


 ――そう、彼女の名前を呼ぶ母さんの声が聞こえてから。


「あらまあ……」


 ――ガチャリ。

 また、扉が閉まる音がしたんだ。


「…………」

「…………」


 俺と早霧は同じベッドの中で向き合ったまま、まるで石になったように固まってから。


「あら、まあ……」

「真似、しないでくれ……」


 お互い真っ赤になって、同時に視線を逸らしたんだ。

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