第三章 早霧はキスをされたい
第35話 「す、すきなひと……いる?」
また、夢を見ていた。
やけに鮮明な、幼い頃の夢を。
『ねえ、れんくん……』
『どうしたの、さっちゃん?』
清潔感、とでも言うべきだろうか。
病院特有の匂いに包まれた待合の椅子に、子供の頃の俺と早霧は座っていたんだ。
確かこの時は早霧の調子も大分よくなってきていて、理由までは覚えていないが幼馴染の俺も早霧が病院の検査に行く際に同行していたんだ。
『こ、こんどから学校に……また、行けるでしょ?』
『うんそうだね! 楽しみだよ!』
小さかった早霧は今と違ってしおらしく、顔を伏せて指や髪を弄っている。
性格こそ明るくなったが仕草は変わらないなと、夢を見ながら思った。
変な感覚である。
『そしたられんくん、どこか行かないよね?』
『え? 行かないよ? どうして?』
『だ、だってれんくん……いつも学校の楽しいお話してくれるから……』
『え? 嫌だった?』
『い、嫌じゃないよ! ただ……』
今と比べたら、慌てる早霧は珍しく、直球で聞ける俺も珍しかった。
昔は良かった……なんて年寄りみたいな事は言わないが、昔の俺はどうしてこんなにグイグイいけたのかとも思ってしまう。
『れ、れんくん……お友だち多そうだから……その……』
『その?』
うわ、顔を覗き込んだぞコイツ。
今の俺じゃそんな事、絶対に出来ない。
『れ、れんくんってさ……』
『うん』
『す、すきなひと……いる?』
この質問は特に覚えている。
じゃなきゃ夢で見ないだろう。
不安そうに、恥ずかしそうに、だけど勇気を振り絞って俺を見た早霧の顔が真っ赤になっていた。
それは病的なまでに色白な肌や髪、そして病院の待合という白を基調とした空間の中では……一際綺麗に見えたんだ。
『うん! さっちゃんがすきだよ!』
ぐああああ……っ!?
当時を思い出し、当時の映像を夢と認識している俺はとんでもないダメージを受けた。
子供ながらの無邪気さ、本心から出た言葉、それが致命的な一撃となって意識体の俺を攻撃する。
大人になったとは言わない。
だが成長して言えなくなったその理由は、何なのだろうか?
『ほ、ほんと……?』
『うん! だから学校でもずっといっしょ!』
今の俺と違って悩みなんて一切無い当時の俺は、小指を立てて早霧の前に出した。
『だってぼくたち、ずっと親友だから!』
『うん……ずっと、親友だからね……!』
ああ、そうか。
どうしてこの夢を今見たのか、少し分かった気がした――。
◆
「んん……?」
朝は嫌いだ。どうしても身体も、頭も重い。
何か夢を見ていた気がしたのに、その大半が曖昧になってしまっている。
モヤモヤ。そう、モヤモヤだった。
「はあぁぁぁぁぁぁぁぁ……」
そのモヤモヤを、溜め息にして、思いっきり吐き出した。
朝が弱いのに嫌な事や自己嫌悪があるとそれを思い出して一気に目が覚めてしまうのは何故だろうか。
思い出したのは先週の出来事である。
「やって、しまった……」
俺は早霧にキスをした、キスをしてしまった。
そう、自分からだ。
あの後の映画の内容は何も覚えていない。
気まずくなって、互いに口数が少なくなって、気づいたら早霧の両親が帰って来て、挨拶をして、いつの間にか解散になって。
子供の時の俺みたいに、もっと素直になれていたら何かが違っていたのだろうか。
いや、素直になった結果があのキスなのだ。
……今日からどんな顔で会えば良いんだろうか?
「はぁ……」
また溜め息を吐いて、俺はまた自分のベッドに寝転んだ。
いつものように起きてしまったが、今日は七月の第三月曜日。
そう、海の日。祝日である。
何か忘れている気がするが、俺はそれよりも早霧に会った時にどう接するかを考えなければならない。
その為には休息も必要である。
ベッドの中で目を閉じ、柔らかくて温かい抱きまくらで癒されながら、最善手を考えるんだ。
――抱きまくら?
「…………」
「…………」
ベッドの中に、俺の腕の中に、早霧がいた。
「お、おは、おはよ……」
「うおおおおおおおおおおおおおおあああっっ!?」
早霧が、真っ赤な顔で、目を見開いて、俺に、抱かれていたんだ。
――――――――――――――――
※作者コメント
ギアが上がってまいりました、これより第三章開始です。
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