第20話 「ど、どうしたの……?」

「長谷川、教えてくれ。どうして俺は早霧に勝てないのか」

「え、お前まだその遊び続いてたの?」

「遊びじゃない!」


 水曜日の朝。

 朝の教室で俺の悩みは大男に一蹴されてしまった。


「俺は考えたんだ。どうしたら早霧に勝てるのかを!」

「考えたなら俺いらなくない?」

「俺が一人で語っていても不気味なだけだろう?」

「今まさにそれなんだけど?」


 長谷川よ、会話が成り立っている時点でそれは一人語りとは言わないんだぞ。

 そう。大事なのは会話である。会話とは、同じ土俵にいる者同士だからこそ成り立つ。

 最近の俺は早霧に振り回され続け、常に後手。幼馴染なのに下の立場になってしまっていたんだ。これではいけない。


「考えてみれば簡単な事だったんだ……変に意識してしまったから、俺は……」

「なんて言うか、赤堀って損な性格してるよな」


 長谷川が可愛そうなものを見る目で俺を見てくるが気にしない。何故なら今日の、いやこれからの俺には秘策があるのだから。

 

「アーハッハッハッ! やあやあやあっ! おはようクラスメイト諸君っ!」

「やあやあ、みんなおはよー! やあやあっ」


 ガラッと教室の扉が勢いよく開き、朝から元気なユズルとその真似をする早霧が入ってきた。

 今日もその長い白髪がよく似合っている幼馴染の姿を見て、俺に緊張が走る。ミスは出来ない。勝負は最初から始まっているのだ。


「ゆずるちゃんおはよう! 今日も可愛いね!」

「ハハハッ! 世辞はいらないぞ世辞はっ!」


 隣にいた長谷川のアピールが綺麗に受け流され、失敗に終わった。想いが届かないのは同情するが、今は構ってやる暇はない。


「おはよー、蓮司。今日も早いね」


 俺の隣に座った学園一の美少女と戦わなければいけないのだから。

 その為の秘策を、用意してきた。


「おお親友。おはよう」

「…………えっ?」


 目には目を、歯には歯を、親友には親友を。

 最近の早霧は日に日にキスの頻度が増えてきてしまっている。け、けっして悪い事ではないが……だんだん場所や時間を選ばなくなってきている傾向があった。

 そこで引っかかったのは俺をずっと悩ませ続けている『親友』という言葉。

 

 早霧は俺以上にこの言葉を特別視しているんじゃないか?

 

 そうじゃなきゃキスの度に親友と呼んで来ない筈だ。そしてこの『親友』が、キスのきっかけになる雰囲気を作り出していると考えた。

 だったら対処は簡単だ。親友と言う言葉を、俺も使って普通にさせればいい。

 

「どうしたそんな顔をして? いつ見ても可愛いな親友は」

「えっ? えっ? えっ?」


 こういうのはスピードが第一だ。

 まさか俺から言われるとは思っていなかった早霧がキョトンとしている隙に畳み掛ける。


 いつも可愛いと言われ続けているので仕返しに俺から可愛いと言った。

 そのサラサラで綺麗な髪を指で梳いてやるオマケ付きで。


 少しやり過ぎかもしれないが、これまでにつけられたアドバンテージの差を考えたら丁度いいだろう。

 俺は親友として、早霧と同じ場に立たなければならないんだ。


「れ、レンジがさぎりんに……はうっ……!」

「み、見ちゃ駄目だゆずるちゃん! ちくしょうまた変な事始めやがったっ!」


 なので、隣で騒ぎ出した小さな会長と大男は無視するものとする。


「れ、れ……蓮司? ど、どうしたの……?」


 今は幼馴染の事が最優先だからだ。

 効いてる、効いているぞ。明らかに早霧が動揺している。


「どうもしないが。親友なら、これぐらい普通だろう? ハハ、可愛い奴め」

「え、あ、う……」


 色白の肌が赤く染まり俯く幼馴染を見て、勝ったと思った。これを続けていれば、早霧が変な気を起こす頻度を抑えられるだろう。


 そんな、軽い気持ちでいたんだ。


「むしろ様子がおかしいのは親友のほおおぉっ!?」


 今までで一番強い力でネクタイを引っ張られた。


「……来て」

「さ、ぎっ、りぃっ!?」


 転びそうになりながら俺は早霧に引きずられるように教室を飛び出していく。

 周囲から向けられる好奇の視線をモロに浴びていたが、俺は首が絞まる苦しさでそれどころじゃなかった。

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