闇と闇とコンフルエンス

水森ナガレ

第1話

「お!今日は焼き魚の匂いがするな!久しぶりの魚!楽しみだなぁ、オイ!」

「貴重な魚なのですから陛下が辞退し臣民に分け与えては?それが上に立つ者としての理想の姿とワタクシは考えますが?」

「お前俺がどれだけ魚を楽しみにしてたと思ってるの?」


見事な黒髪をなびかせて俺の主人は颯爽と歩き、その後ろ斜め右側で自分は毎日続いている陛下とミカミのじゃれ合いを聞き流しつつ、窓から差し込む朝の光を浴び今日もいつもと変わらぬ平穏な一日の始まりを感じている。


不意に俺の左側にいる先輩の秘書兼ボディーガードの大沼さんが腕に装着された端末を操作し、何かしらの通信が入った事がわかる。


「陛下、皇帝陛下は少し遅れるそうです。」


普段通り冷静に伝える。

大沼さんは少し赤みのある明るい茶の毛色でるいとしては少し身長がある。小柄な上皇陛下より少し大きいくらいの背丈だ。

上皇陛下と同い年でそろそろ中堅と呼ばれる年齢だ。


「拝殿が修繕中だから時間がかかったのかもしれないな。」

「陛下よりも臣民を思う気持ちが時間に表れていると思われます。」


まだまだ陛下とミカミとのじゃれ合いは続きそうだが、大沼さんと同じ秘書兼ボディーガードでも下っ端の俺は余計な口出しをせず黙って付き従う。


いつもと変わらない、いつも通りのやり取りを横目に今日の予定を頭の中で確認しつつ食堂の扉の前までたどり着く。


「やあ!諸君!おはよう!」


陛下が勢いよく引き戸を開けこれまた毎朝のルーチンをした瞬間。


真っ暗になった。


一体何が起きたのか全く分からない。

しかし全く何も見えない状態でも自分の周りにいた陛下と大沼さんもまた何が起きたのか分からずフリーズしているのを感じる。

一拍おいて食堂内がざわつき始める。


「俺なにかやっちゃった?」


陛下がそんな事を呟いたが、突っ込んでいる場合ではない。

腕に装着している端末と連携しているイヤホンからは特に警告音なども出ていない。

俺はとっさに装着しているバイザーを暗視モードに切り替える。

・・・真っ暗のままだ。


「大沼さん、暗視モードでも見えません。」

「こちらも同じだ。」


普段の訓練から咄嗟に暗視モードに切り替えたりしたが、そもそもがおかしいのだ。

今は朝でもちろん通路にも食堂にも窓がある。先ほど窓から入る朝の光の中を通ってきたばかりだ。

なのに一切の光のない真っ暗な世界。


”最悪”の事態が頭をよぎり嫌な汗が流れる。


しかし今の状態では”最悪”の事態であるのかすら分からない。

”最悪”の事態ならばその前に停電になったら瞬時に予備電源に切り替わるし、非常灯だって点灯する。

爆発音が聞こえてきたわけでも何かしらの振動も感じない。


とはいえ何事かが起きたのは間違いない。何も見えないが陛下の後方を警戒する。

同時に大沼さんも陛下の前方を警戒しているはずだ。

何かが起きてもそれに対処できるように身構える。

陛下だけは何があっても守り切らねばならない。


食堂の方では、急な停電?でビックリしたまだ幼い上皇陛下の娘である内親王殿下2人がぐずり始める気配がある。


桜彩さや桜楽さら~!真っ暗で父がどこにいるかわかるまい!」


どうやら陛下が内親王殿下を寝かしつける時の持ちネタらしいが……効果はあったようだ。


「くすくす、父上ぜんぜん見えない~!」

「くすくす、どこにいるのかわからないね~!」


可愛らしい声が聞こえてくる。

しかし大人たちの反応は違う他の人たちも”最悪”の事態が頭をよぎっているはずだ。


「みんな~!無暗に動くと危ないから無暗に動かないようにな~!」

上皇陛下は娘たちを不安にさせないよう、また他の大人たちも落ち着かせるよう柔らかい口調で食堂全体に伝える。

陛下が食堂の混乱を抑えてくれている間に秘書兼ボディーガードの我々は動き始める。


伶旺れお、お前は警備部に連絡を。私は司令部と連絡を取ってみる。」

「はい、了解です。皇帝陛下にも連絡をとってみます。」

「ああ、そうしてくれ。」


司令部とのやり取りは時間がかかると思った俺は皇帝陛下への連絡も請け合うことにした。


大沼さんに指示された俺はさっそく警備部に連絡を取るべく端末に手を伸ばす。

警備部と我々ボディーガード兼秘書とは別組織だが、非常事態時には連携することになっている。

主要な関係各所への連絡は体が覚えている。

目を瞑っていてもできるくらい徹底して訓練していて、手元や操作パネルを見なくても瞬時に連絡を取ることは可能だ。


!!!


・・・おかしい。

端末の操作の際画面は明るく点灯するはずなんだが、操作パネルの点灯すら視認できないのは流石におかしすぎないか?

操作時のタップ音はしっかりと聞こえてくる。

全く想像もできない事態に焦燥感ばかりが増していく。


しかしまずは各所へ確認の連絡だ。

警備部に連絡をするとすぐさま相手が出た。

少し年配の”るい”特有の中性的な声が聞こえてきた。


「い、一体、な、何が起きているんで、しょうか?」


かなり慌てている様子で、いきなりの質問が飛んできた。

その慌てようにかえって俺自身の焦りが落ち着いていく。

相手を、そして自分も落ち着かせるために努めて冷静に対応する。


「こちら神祇省、上皇陛下担当秘書です。」

「あ!す、すみません。こちら宮内省警備部です。」

「そちらも真っ暗で何も見えなくなったということでよろしいですか?」

「は、はい。もうどうして良いのか・・・全く何も見えず、もうどうしたら良いのか・・・。」

「こちらも全く状況が分からない状態ですので、とりあえずは何かあったらすぐ互いに連絡できるようにしておきましょう。できればシェルターに退避しておいた方が良いと思います。」

「そ、そうですね・・・。」


その後いくつかの確認をして通信を切る。

次は皇帝陛下だ。


皇帝陛下は今いる屋敷から少し離れた所にある拝殿で朝の礼拝をされていたはずだ。

秘書と連絡をとると、礼拝を終わらせ拝殿を出るところで真っ暗になり拝殿の緊急閉鎖をしたところとの事だった。

拝殿はシェルターの機能もついており、完全に閉鎖することでシェルターにもなる。

そういう意味では皇帝陛下が拝殿内におられる状態で真っ暗になったのはタイミングが良かったとも言える。

拝殿は修繕中だったがシェルター機能とは関係ない部分の修繕だったはずなので問題ないはずだ。


皇帝陛下の秘書との通信が終わると、丁度大沼さんも司令部との連絡が終わったらしい。

大沼さんに先ほどの内容を伝えると、大沼さんは食堂で主に愛娘たちのご機嫌取りをしていた上皇陛下へ状況を説明する。


宏途ひろとも無事、現状では司令部でも警報等は出ていないんだな?それなら慌てる必要はないな、ゆっくりとシェルターへ行こう。」


皇帝陛下の無事を知り安心した様子で陛下は今後の方針を定め、食堂の全体に話しかける。


「ひとまずはシェルターに退避することにするんだが……人数がわからん。ので、数えるぞ!」

「はーい!桜彩さやいるよ!」

桜楽さらもいるよ!」


元気に答える内親王殿下両名に続き皇太后様2人も続くと順々に食堂に居る人たちが名前を名乗ってゆく。

2人の内親王殿下の反応が焦りを落ち着けてくれる。


点呼の結果自分たちを入れて14人だった。

普段の食堂の様子を思い出す。

断言はできないが14人程度のはずだ。


上皇陛下と秘書の俺たち3人。

皇太后殿下2人とそれぞれについている侍女2人。

2人の内親王殿下とその乳母2人。

そしてメイド3人だ。


食堂以外の人達は各自シェルターへ向かうはずだ。

緊急時にはシェルターへ向かうよう普段から訓練されている。

何も見えない状況では移動に時間もかかるだろうが無事シェルターへ移動できることを祈るばかりだ。


食堂に近いシェルターは30人を収容できる大きいものだ。

そこへ移動することになる。

真っ暗で何も見えない状況でなければ30秒もかからずに移動できる非常に近い距離なのだが、この大人数では慎重に行動しないといけない。


伶旺れおシェルターの場所は分かるな?音を頼りに移動するからまずお前がシェルターの場所まで移動してくれ。」


一番シェルターに近い自分がガイドになることになったが、この人数を真っ暗の状態での誘導はかなり大変そうだ。


今まさにシェルターへ向かおうとしたその瞬間。


食堂の入り口とは逆方向、厨房とつながる方向から引き戸を開ける音がする。

食堂内はささやくようなお互いに助け合う声が聞こえるのみだった所に急な戸を開けるという”異音”。

さらには床を普通にあるく足音までもが聞こえる。

今の状況にそぐわない音に食堂に居る全員の困惑を示すようにささやくような声が止まり静かになる。


「え?」


そんな食堂を支配する緊張した深刻な空気には全くそぐわないちょっと間の抜けた感じの可愛らしい声が聞こえてきた。

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