第10話

 「女の子が襲われて倒れていて……」


その普通じゃなさそうな事態に、周りに緊張が走った。エライザはすぐに毅然とした態度に切り替わった。


「連れてこれる?」

「はい、通りすがりの男性が……」


 スタッフの女性はまだ慌てている雰囲気を引きずりながら、状況を説明する。

 そんなこともあるのか、とレレムは神妙な顔を崩さずに思った。


 まもなくして、開けた状態にしておいたドアから、話題になっていた男性が入ってくる。


「あ、こちらです」


 スタッフの女性が、奥の部屋へ案内しようとする。


 大変なことが起きていますね、とこの時はまだ他人事に思っていた。

 しかし、背負われた少女の姿を見た途端、レレムは息が止まる思いがした。


「ウェスタリア」


 レレムが驚いて声を出すと、ウェスタリアの紫の目が開いた。


「……あ」


 ウェスタリアがレレムに気づく。地面に倒れてしまったのか、服が土だらけで汚れていた。パッと見た感じ、大きな外傷はなかったけれど、泣き腫らしたあとのように頬が赤い。体調が悪いのか、気だるい雰囲気もあった。


「だい……じょうぶ?」

「…………わたしのせいなの」


 ほとんどかすれた小声で言うと、ウェスタリアは口をつぐむ。レレムは何があったのか、どうして自分のせいだと思うのか、聞こうとした。


 けれども、エライザの指示する声が、先に部屋の空気を独占した。


「空いている部屋があるでしょ、そこに休ませて。私もすぐ行くわ」

「はい」


 流れるようにみんな奥の通路に行き、店内にはレレムとカルロスの二人が取り残された。


「大変な時にきちゃったみたいだなあ」


とカルロスは弱ったように呟く。


「あのお子さんは、花屋さんの娘ですよ。ウェスタリアという名前です」

「へえ、そうなのか」


 カルロスは気の抜けた返事をする。自分は当事者じゃないと思っている態度に、レレムは腹の底でざわつくものを感じた。しかしその不理解に対する怒りは抑えようとした。他人に期待したって無駄だ。それよりは自分が行動できることをしていく方が、まだマシだ。


「親御さんに連絡しないと——」


 レレムが考え始めると、先ほどのスタッフの女性が戻ってきた。そしてレレムの姿を認めると、声をかけてきた。


「あの、お子さんと知り合いですか」

「……まあ、そうですね」


 今日出会ったばかりですけど、と付け加えようかどうか迷っている間に、


「ちょっと来ていただけませんか?」


とお願いされる。レレムは返事をした。


「……かしこまりました」


 いつの間にか、グッと拳をにぎっていた。


「おい、俺はどうすりゃいいんだ」


カルロスが困った様子で言い始める。


「このような状況になってしまい大変申し訳ございません。ご注文がお決まりでしたらすぐにお伺いいたします」

「そう言ってもなあ、買いに来たわけじゃないんだ」

「他のご用件でございますか」

「ああ、もう、とりあえず先に行ってくれ」


さすがに事の優先度を考えたのか、カルロスはそういって自分から切り上げた。


「こちらです……」


 すぐにレレムは中に案内された。壁のひんやりした感触が空気を通して伝わってくる。

 建物の中庭が広く、そこでは薬草になる植物を栽培しているようだった。レレムの知っている植物もあれば、知らないのもある。


 歩きながら、レレムは訊ねる。


「ウェスタリアの症状はどうですか」

「すり傷がいくつかありますが、大きな怪我はありません」


 それを聞いて、少しホッとした。


 部屋の一室の前で、立ち止まる。ドアを開けると、わずかながら空気の流れを感じた。換気用の窓が奥に見えた。


 部屋は奥行きがあり、個室にしては広い方だと思った。奥の壁側に設置された柔らかいベッドの上に、ウェスタリアが上半身を起こしていた。

 その横にエライザが座っていたが、レレムが入ってくると立ち上がった。二人の視線が集まった。


「レレムさんとおっしゃいますか」

「はい、そうです」

「お座りください」


 レレムが空いている椅子に座ると、すぐにエライザは事務的な説明を始める。


「大丈夫ですよ。そこまで重症ではありません。この子から少し話を聞いたのですが、あそこの花屋に住んでいる娘さん、ということでよろしいですね?」

「はい」

「ご関係をお聞きしてもよろしいですか?」

「今日、彼女の祖父が経営している古本屋に伺いまして、そこで彼女と出会いました」

「じゃあ、出会ったばかりということに?」

「そうなりますね」


 エライザは驚いた様子、ニコッと微笑んだ。それから、少し砕けた言い方に変わっていった。


「それにしては、あなたになついているみたい」

「ああ、そう言っていただけて……うれしいです」


と社交辞令で返す。本当はそんな感情なんてない。むしろ自分と話してガッカリしないか、という心配の方が、大きかった。でも今は、そんな感情なんて、関係ない。


「それで、ご家族の方にご連絡した方がいいのではありませんか?」

「そうそう、本人確認できたから、今、伝えに行かせようと思ってたの。今すぐに行ってきて、今日は様子見で一泊してもらって、明日迎えにきてもらうのがいいわね」

「体調はどうだったのですか?」

「薬と自然治癒でどうにかなるわ」

「そうですか……それは良かった」


 レレムはようやく、安心することができて息を吐いた。


「レイレムさん」


 か細い声で呼ばれ、レレムはすぐに視線を動かす。


「ウェスタリア、何があったの」


 レレムが尋ねると、ウェスタリアは声を詰まらせながら答えた。


「目の色がおかしいから、本当の子じゃないんだって」

「……!」


 そんなことを言われたなんて。

 両親の目の色が違えば、子供も色が変わる。大多数の人と外見が少し変わっているからといって、本当の親の子供じゃないなんて、そんな心ない言葉を投げかける人が存在するのか?

 レレムは右手を無意識に移動させて、左の袖をギュッと強く握る。


「誰が……それを言ったの?」

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