60:聖女
このまま何事もなく日々は過ぎていく。
そんな楽観はさすがに無理だった。
灰色さんから始まって、黒カニが現れ、肉塊と対峙することになった。
さらには闇ゴリラ、それが燃えての炎ゴリラなわけで、脅威には事欠かないのがこの世界の現実だ。
対策は必須と思えた。
当然、まだ見ぬ脅威について見聞を深める必要があった。
ただ……どうにも、そんな雰囲気じゃないんだよねぇ。
脅威に関する俺のそれとない問いかけに対し、ユスティアナさんが見せた反応はそっけないものだった。
彼女は怪物たちについて話題にしたくないようなのだ。
いや正確には、彼女は外について何も話したくないようであった。
「いよいよ葡萄酒ですか。嬉しいものですね」
リリーさんとテッサさんがバトルを繰り広げた翌日である。俺は、耕作地の跡地に人間さんたちと一緒にいた。
先ほどの発言はユスティアナさんのものであり、その内容が目的となる。
仕方がないのだけど、この集落には娯楽成分が
人はパンのみで生きるにあらずじゃないんだけど、せめてお酒ぐらいは欲しいって声があがったのだ。
しかし、ちょっとイメージと違うよな。
俺はぐねっとわずかに体を捻る。
『ユスティアナさんはお酒がお好きなので?』
やや堅物っぽく見えると言うか、酒なんぞ剣の道には不要‼ って、切って捨てそうな印象が彼女にはある。
「もちろんです。酒こそが、人生を人生足らしめる大いなる滋養なのです」
ただ、彼女はしたり顔でそんなことを口にしたのだ。
まったくもって
こんな状況になる前はきっと、彼女は酒の道にまい進していたに違いなく……少し試してみるとしようかな?
『ずいぶんとお好きのようですねー。各地の名産にも精通されていたりですか?』
ユスティアナさんは表情を変えた。
昨日見た通りの真顔となり、これまた昨日通りに俺から視線をそらした。
「……それほどではありません。早速、作業を始めましょう」
彼女の発言を皮切りに、人々が動き出す。
ブドウを上手いこと育てるためには支柱が必要であり、枝をめぐらすための棚と呼ばれる木組みが要る。
人々がそれらを手際よく組み立てる様を見つめつつ、俺は先ほどのやり取りを思い返す。
(やっぱりだよなぁ)
怪物云々に限らず、集落の外の話について彼女はまともに応じてはくれない。
それは彼女に限った話ではなかった。
ここで作業する人たちもまた、外についてまったく触れようとはしない。
(気持ちは分かるかもね)
彼女たちは間違いなく、筆舌に尽くしがたい困難を味わった末にここにたどり着き、ようやく平穏を手にすることが出来た。
今までを……外にまつわる何もかもを忘れて、この幸せに浸っていたいと思ったところで、それは仕方のない話だろう。
ただ正直、ユスティアナさんに関しては意外ではあった。
一時絶望に染まっていた彼女ではあるが、立ち直ってからは心身に優れる見事な騎士ぶりをみせていたのだ。
先頭に立って、外の脅威への対抗策を練っていても不思議ではなかった。
なんなら、いまだ窮地にある人々のためにと、外に打って出る姿勢を表明することも十分に想像できたが、結果はこうである。誰よりも、外の話題を
もっとも、意外ではあっても納得自体は難しくはないか。
炎ゴリラとのアレコレにおいて、誰よりも絶望していたのが彼女なのだ。
外において、誰よりも悲惨な目にあったのは彼女なのかもしれない。
(妙な様子もあったよな)
先日、俺は彼女が妙な呟きを発しているのを間近にした。
苦労を味わってきたのであり、もう忘れてしまいたい。そんな
忘れてしまいたいような目に遭ったのだと予想が出来、事実それを
「……へ? おさけ? おさけのためなの?」
俺はにわかに思案から覚めた。
作業を手伝いつつ、雑談に笑みを見せていたテッサさんだが、不意に疑問の声を上げたのだ。
ユスティアナさんがすかさず頷きをみせる。
「あぁ、そうだ。お酒のための畑だが、聞いていなかったのか?」
聞いていなかったようであり、良からぬ情報でもあったらしい。
テッサさんは渋い表情を浮かべ、両手でバツを作る。
「きゃっか」
ユスティアナさんは「は?」と呟き、不審そうに首を捻る。
「却下だ? なんでそうなる?」
「おさけ、だめ。めいわく」
テッサさんには、酒飲みに迷惑をかけられた記憶があるのかな?
だとしたら却下も納得出来る話だろうが、ユスティアナさんは眉尻を下げた困り顔を浮かべた。
「確かに酔っ払いは迷惑だろう。だが、私たちに酔い潰れるほど飲むつもりはない。それで良いだろう?」
「いやです。ねー?」
彼女が同意を求めた相手は、支柱を運んでいるリリーさんであり、土を耕しているリンドウさんだった。
友達だから色よい返事をしてくれると期待したのだろうが、あの子たちはそもそもお酒を知らないのだ。
「きゅう?」
「ぎぃ?」
なんのこっちゃ? と揃って首をかしげた。
期待外れの反応を受け、テッサさんはむっとしつつ俺を見つめてきた。
消去法的に俺を頼る気になったみたいだけど、期待に沿えるわけにはちょっとねぇ?
『え、えーっと、大人たちはちゃんと配慮するからね?』
実際のところ、俺も酔っ払いには良い印象を抱いてはいないが、せめてもの娯楽としてのお酒だからなぁ。
彼女たちの日頃のがんばりに報いる意味でも、んじゃ却下! って同調するのは難しい。
テッサさんは頬をむっと膨らます。
孤立無援を悟ってのことに違いないが、彼女は諦めはしなかった。
「せいじょ」
そう口にし、彼女は自慢げに胸を張る。
「わたし、せいじょ。いうこと、きくべき」
───────《ステータス》───────
【種族】エディア[聖女]
レベル:13
神性:0[+756]
体力:33/19[+14]
魔力:30/16[+14]
膂力:7[+5]
敏捷:5[+5]
魔攻:6[+5]
魔防:7[+5]
【スキル】[スキルポイント:24]
──────────────────────
スキル『聖性付与』の対象となった彼女は、ステータスを得て、聖女なる称号を冠することになった。
この世界において、聖女とはけっこう偉い人らしいのだ。
もちろん、この世界の聖女と、俺
時折、称号を笠に着たような態度を取っちゃうんだよねぇ。
まぁ、うん。すごくかわいい。そう、かわいいのだが……俺はビクリとしてユスティアナさんの表情をうかがう。
今までの困り顔はそこにはない。
ただただ無表情にテッサさんを見つめ……いや、にらみつけている。
「う、うそ! じょうだん!」
空気を察してか、テッサさんは慌てて顔を左右に振る。
ユスティアナさんは彼女には何の反応もみせなかった。
作ったような笑みで俺を見つめてくる。
「作業を進めましょう。種をいただいても?」
俺もまた、テッサさんと同様に慌てて応じる。
───《ブドウ》────
・生育速度向上Lv25
・耐暑Lv25
・耐寒Lv25
・神域の標Lv25
────────────
あまり甘くても想定したブドウ酒の味に繋がらないのかもしれず、大きくても醸造の作業に支障が出るかもしれない。
早く、健康に育つようにとだけ考えての特性であった。
神域の標に関しては、余った特性スロットの有効活用なのだけど、ともあれ俺は種をポンポコ生み出す。
作業は進む。
人間さんたち及びリリーさんの手によって、種は改良された土壌に規則的に埋められていく。
将来が楽しみになる光景であったが、俺の念頭にあるのは豊穣の景色ではない。
作業に励むユスティアナさんを見つめる。
先ほどの、どこか攻撃的な無表情を思い返す。
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