第25話:瘴気戦衣《バトルドレス》
常時聖域化された部屋は、狭い牢獄を彷彿とさせるような部屋だった。
無機質な壁に、簡易的なベッド。扉は固く閉ざされており、表面には聖域を維持するための魔法陣が記されている。
この部屋の中ではアンデッドであるシンシアたちは弱体化を余儀なくされる。メイに至っては満足に動くこともできず、ずっと壁にもたれかかったままだ。
「メイ、よかった。無事……ではないけど」
「ははは、結局シンシアも入れられちゃったんだ。ごめんね、危険性を教えられなくて」
「ううん、私ももっとメイの話を聞けばよかった」
互いに言い合うと、少し苦笑いしてから、二人で笑った。
お互いに謝っても事態は好転しない。何かしなければならなかった。
笑い合っていた表情が真剣なものへと変わる。
「それで、調子はどう?」
「ちょっと私は何もできないかも。シンシアは?」
「私は……多分時間をかければ何とかできるかもしれない」
聖域の中ではシンシアたちの瘴気はすぐに霧散してしまう。瘴気の形状化が武器となる彼女たちにとって、致命的なデバフだ。
実際、シンシアが指先から瘴気を出してみるも、体から少し離れたところで浄化されて消えてなくなってしまう。だが、集中すれば体のすぐそばならば瘴気を維持することができる。
これを上手く利用できればとシンシアは考えている。
鍵穴にねじ込んで鍵を開けた時のように、上手く使うことができれば。
「私は瘴気出すこともできないや。シンシアはやっぱりすごいね」
「それは仕方ないことだから。とりあえず、これでなんかできないか考えてみる」
幸いに、二人ともアンデッド。時間は山のように残されている。試行錯誤する時間は大量に残っていた。
数時間、それとも数日? 時間の流れも曖昧な部屋の中、シンシアは集中し続ける。
瘴気に密度を持たせ、聖域内でも簡単に浄化されないようにする。指先にまとわせていた瘴気を段々と広げ、指先だけでなく手を覆うように、手だけでなく腕を覆うように、操れる範囲を拡張していく。
肩まで瘴気で覆うことができるようになるころには、シンシアは脱出できるという確信を得ていた。
「……うん。できると思う」
「本当! でも、どうやって?」
シンシアはイメージする。強く、強く。
瘴気がシンシアのイメージを受けて形を変える。それはまるでその場で着飾るかのように、シンシアの全身を包んで衣装を模る。
「——凄い」
メイの口からこぼれた言葉。
今のシンシアはまるで漆黒でドレスを作り上げたかのよう。高貴さを露わにされ、思わずメイはひれ伏しそうになる。生まれも育ちも、格が違うのだと。
シンシアは瘴気を動かす要領で、自分の体ごと身にまとった瘴気を動かす。腕を引き、扉に向かって正面に向かう。
「壊れろぉ!」
濃縮された瘴気と、聖域が正面から衝突する。相反する二つが衝突することで境界が火花を散らし、空間が悲鳴を上げて軋みを上げる。
「ふ、ざっけるなぁ!」
シンシアの怒号と共に、均衡が崩れた。
ひしゃげる音と共に、厚い金属製の扉が吹き飛ばされる。扉が歪んだことで、描かれていた聖域の魔法陣の効果が失われる。閉ざされていた部屋から、瘴気が次々漏れ始める。
扉が破られたことで施設内にけたたましい警戒音が鳴り響く。
「メイをこんな目に合わせて、お母さんを冒涜して……」
部屋の外にはシンシアたちを監視していたのであろう男たちが大慌てで何かを叫んでいる。
帝国の言葉だ。シンシアたちには何を言っているのかわからない。けれど、怯えているのはわかりきっていた。
シンシアは再び施設全体が聖域に包まれる前に、目の前の男たちを瘴気の剣で串刺しにしていく。
「絶対に、許さないっ!」
悪霊が、再び雄たけびを上げた。
施設全体を聖域が包み込んだのは、彼女たちが脱走してからおおよそ三分後。
既に、研究所内の半分以上が殺されてからのことだった。
「……っ、ごめんシンシア。私これ以上はちょっと辛いかも」
「大丈夫。ここからはついてくるだけにして、私だけで戦うから」
聖域に晒されるとメイは歩くのもやっとになってしまう。ここからはシンシアだけで戦わなければならない。とはいっても、研究所というだけであって基本的に戦闘員はいない。兵士は何名かいたが、聖域が張り直される前に殺した。
物量はシンシアたちの得意とするところだ。瘴気が使えるのであれば、剣でも獣でも兵士でも作り出して殺してしまえばいい。
残っているのは一部の研究員。——セリウスを含む。
かといって、シンシアたちに時間が残されているわけでもない。時間が経てば研究所外から帝国の兵士たちが駆けつけてくるだろう。事は早いうちに片づけなければならない。
シンシアは聖域内でも魂の探査が使えることを確認して、セリウスを見つけ出す。
再び漆黒のドレスを身にまとい、決着を付けに彼の元へ進むのだった。
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