釣りとゴブリン

「……お、また来た」


 そう言って、俺は竿を引く。

 すると、水面から跳ねるようにして、銀色の魚が宙を舞った。


「これで10匹目……まだ一時間もたってないのに……」


 まさに入れ食い状態という奴だろう。

 

 もしかしたら、この川では釣りをする人間がいなかったから、魚にあまり警戒されて無いのかもしれない。


「……あとは、このエサのおかげもあるかもな」


 そう言ってカバンから取り出したのは、練り餌だった。

 この餌は母さん……ティア―シャさんが作ってくれた特注の餌になっている。


「本当、ティア―シャさん様様だな」


 そう言って、鼻歌交じりに釣りをしていると、俺の近くでに飛び込む音が聞こえた。


「……ん? なんだ? 魚でも跳ねたのかな?」


 そう思って、そちらに顔を向けるが丁度岩場が陰になって見えない。


「……ちょっと見てこよ」


 何故か、無性に気になった俺は岩場から顔を出してみた。

 するとそこには、ゴブリンが湖で泳いでいた。


「……あ、ゴブリンだ」


 そう言って小さく呟いた俺は、じっとゴブリンの様子を観察してみる。


「……なにして……もしかして、手掴みで魚を取ってる?」


 しばらくして、ゴブリンはその手に魚を掴み、湖から顔を出した。


「ゴブ―!」

 

 まるで、取ったぞーとでも言うかのようにゴブリンが魚を掲げた時、俺と視線がぶつかった。


「ゴ……ゴブ」

「あ、どうも」


 互いの間にシーンと静かな時が流れ、そして……ゴブリンは折れに向かって魚を投げつけてきた。


「ゴブーーー!」

「わわっ⁉」


 突然のことに一瞬怯んだ俺、その間にゴブリンは泳いで遠くへと逃げていく。


「まったく……びっくりした……ん?」


 俺が、魚を避けてゴブリンの方を振り返っると、ゴブリンは何処か焦った様子に手をばたつかせていた。


「ゴブ……ゴブゴ……」

「あれ? おぼれてる?」

「ゴボボ……」


 そうしてゴブリンは湖へと沈んでいったのだった。



 ……

 …………



「はぁ……はぁ……何してんだ、俺」


 ……ゴブリンを抱きかかえるようにして陸地に上がった俺はそう言って、息を整える。


 全身びしょぬれだよ……まったく。


「……とりあえず、こいつを下ろして……人工呼吸とかした方がいいのか?」


 なんて考えていた時だった、突然ゴブリンは目を開け、跳ねるようにして飛び起きた。


「ゴブっ⁉」

「……びっくりした」

「ゴブゴブッ‼」


 驚く俺に気がついたゴブリンは、警戒するように威嚇する。


「別にそんな警戒しないでよ……今日は戦おうなんて思ってないんだからさ……」

「ゴブ?」


 そうなの? とでも言うかのような反応……っていうか、言葉分かんのかな?

 普通に俺声かけたけど……


「なあ、凄い馬鹿らしい質問かもしれないけど、俺の言葉ってわかるの?」

「ゴブ」

「あ、分かるんだ」


 そっか、ゴブリンって人間の言葉が分かるのか。

 そう言えば『黒黒』の中にも、人語を理解するゴブリンっていたっけ……こいつもそのたぐいか。


 そんなことを思いだしながら俺はゆっくりと立ち上った。


「とりあえず……おぼれないように気を付けろよ、次は助けないからさ……」


 そう言って俺はゴブリンの元を離れたのだった。

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