2. 幻獣ロック鳥と麒麟

 時間はもう真夜中なようで姿は薄ぼんやりとしか見えない。

 それでも一本の角が雄々しくせり出した頭にがっしりとした体格がわかる。

 あれが麒麟様?


『それで、ヒト族の兵は動くのか?』


 ロック鳥様が麒麟様に手紙を渡した結果を尋ねた。

 でも、麒麟様は首を小さく振るだけだ。


『わからぬ。手紙だけを渡してそのまま帰ってきた。単なる争いに幻獣である我が手を出すものか』


『それがことわりだろうな。さて、金の髪に緑の瞳を宿した可愛らしい少女よ。お前の名はなんという?』


 あ、私、名乗っていない!

 すぐに名乗らないと!


「申し遅れました。私、シエルと申します! 危ないところを助けていただきありがとうございました!」


『気にするでない。麒麟の奴が森の中に落ちていたお前を偶然見つけて拾ってきただけのこと。尋常ではない手段でつけられた傷だった故、話を聞いてみたかったのだ』


「尋常ではない手段?」


 私は首をかしげてしまう。

 確かに私は魔法で射貫かれた。

 だけど、それは魔法で射貫かれただけであって特別な話ではない気がする。

 それを確認したら、ロック鳥様も麒麟様も「それは違う」と否定された。


『お前の傷からは呪いのような気配を感じた。それ故、シームルグに出向いてもらい浄化と治療をしてもらったのだ。麒麟でも出来る可能性はあったが、どうにも厄介ごとのような気がしてな』


 そんな恐ろしいことになっていたんだ。

 そう言われても、私には普通の魔法で射貫かれたような感覚しかなかった。

 しかし、それもまたあり得ないと否定される。

 そもそもそんな高度に放てる魔法などないというのだ。


『高所に放てる魔法と言えば落雷の魔法があるが、自然の落雷と違いなにかに引きつけられることがない。お前が射貫かれるところを見ていた鳥に話を聞いたが、自分たちよりも高く飛んでいたと言っていた。そんな高所を狙える魔法、それも呪いの気配をただよわせ、矢傷と見間違えるような貫通性のある魔法など私たちですら知らない』


 ロック鳥様って鳥と話せるんだ。

 って、そんなことに感心している場合じゃない。


 私が攻撃されたところを見ていた鳥によると、私の高さまで普通の魔法は届かないそうだ。

 私は知らなかったけど、動物というのはそういった気配に敏感でなるべく安全な場所を選ぶらしい。

 その鳥が「不自然な高さまで届いた」と証言している魔法、それも呪いの気配をただよわせている魔法ということで詳しく私の話を聞きたかったみたい。

 でも、私も急に攻撃されたからわからないんだよね。


 それを正直に告げるとロック鳥様も麒麟様も困ったようにうなり声を上げた。


『ふむ、やはり詳しいことはわからぬか』


『どうするロック鳥? 攻めているという人間族に手を出して調べるか?』


『いや、それはよそう。呪いの効果がある魔法では私たちでも無事に済むかわからぬ。いまは……ヒト族同士の争いがどう転ぶか様子を見ることにする』


『そうか。しかし、シエルは不満そうだぞ?』


『ぬ?』


 そう、私は不満だ。

 幻獣様のお力があればみんなを救えるかもしれない。

 たとえそれが叶わなくとも、私はみんなのところに戻りたい。

 だけど、その望みは叶わなかった。


『まず、私たちがヒト族同士の戦に手を出すことだが、これ自体が好ましくない。幻獣全体が狙われる可能性がある。私たち幻獣はそれでなくてもヒト族の密猟者と争うことがあるのだからな』


『お前だけを帰らせるわけにもいかない。そもそもお前はひとりで動けるか? 我が森の中で見つけたときも相当出血していた。いまはロック鳥の背中で寝ているだけだからいいが立つことすらままならないのではないか?』


 麒麟様に言われて立ち上がろうとしたが腕にも足にも力が入らなかった。

 私の体力は相当落ちているらしい。

 ロック鳥様がシームルグ様? を呼んできてくれたのも失血による体力の衰えを考えての行動なのだそうだ。

 私は呪いの効果だけではなく失血でも死にかけていたみたい。

 立つことがままならない以上飛ぶことなど出来ず、ロック鳥様のお背中からすら降りれなかった。

 ちょっとだけつらいかも。


『まあ、そう急ぐな。お前ひとりが戻ったところで戦などそう簡単に結果が覆るわけでもない』


『そうだな。それにいま帰られると海まで魚を捕りに行ったあいつがかわいそうだ』


「あいつ?」


 あいつって誰だろう?

 他にも幻獣様がいらっしゃるのだろうか?


『ふむ。あやつも帰ってきたようだな』


『相変わらず、うるさい奴だ』


「え?」


 ロック鳥様と麒麟様が首を向けた方を見ると雷が光っていた。

 それはどんどんこちらに近づいてきており、雷の轟音もまた近づいてくる。

 だけど、雷は地面に落ちることなく私たちの頭上で動かなくなり、やがて1羽の巨大な鳥が姿を現した。

 すごい、ロック鳥様並みに大きい。


『魚は捕れたか? サンダーバード』


『ああ! 俺にかかればなんてことはないぜ!』


 このお方はサンダーバード様というんだ。

 魚を捕ってきたということだけど、どういうことだろう?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る