第10話

 息子夫婦は携帯のカメラ機能で写真をカシャカシャと撮っている。そんな二人に唯心山の上でずっと温めてきた計画を打ちあける。

「ねぇ、和正、さつきさん。話があるの」

 唯心山からの景色をパノラマ写真に収めようと写真に夢中の二人に頼子が声をかけた。息子夫婦が目を合わせ、頼子に向き直る。二人に見つめられた頼子は夫が頷くのを見て話始める。

「二人ともこの後楽園で和装の結婚記念写真を撮らない?無理にとは言わないわ。私たちもここで撮ったし、おじいちゃんとおばあちゃんもここで結婚記念の写真を撮っているの。どうかしら?」

 息子夫婦は目を見合わせる。二人の目が潤んでいる。後楽園は頼子にとっても息子の和正にとっても思い出の場所だ。この場所で、結婚記念の写真を撮るのは極自然なことのように思えた。押し付けではなく、提案という形をとる。二人の結婚が決まり、頼子と夫はこの計画を何度も話し合った。

 夫が頼子の跡を引き継ぐ。念を押すように繰り返した。

「二人がどうしたいか、それが一番大事だと思ってる」

 いつの間にか夫は頼子の後ろに立ち、頼子の肩を抱いていた。息子がそのことに気づいて泣きながら吹き出す。

「本当に父さんは、母さんが好きだな」

 頼子は今更ながらに恥ずかしくなり、夫をふり仰ぐ。頼子の頬が少し赤くなっている。それを見た嫁が「お義母さん、可愛いです」と彼女も涙を流しながら笑った。

「嬉しいです、和装。結婚式でも着なかったし、写真撮りたいです。でも……」

 頼子は嫁の手を両手で包み込む。

「あのね、その写真を私たちからの初めての誕生日プレゼントにさせて貰いたいの」

 嫁のさつきが俯きかけていた顔を勢いよく上げる。可愛いらしい雰囲気が抜ける。驚きすぎて表情が抜け落ちている。頼子は初めて表情のない彼女の顔を見て、とても整った顔立ちをしていることに気づいた。

 整った色のない顔にゆっくりと笑顔と涙が現れる。彼女は綺麗に泣きながら笑った。

「ありがとうございます」

 息子が嫁の肩を抱く。嫁は息子の肩に顔を埋めてグッと頭を押し付けた。息子がその先を続けた。

「さっちゃんの母さんが婚約式の時、さっちゃんの和装姿を見たいって言ってたんだ。でも、金額的に難しくて、和装はまた貯金してからにしようって言ってたところなんだ。本当に嬉しい。ありがとう」

 息子が感謝の言葉を口にし、また、嫁も顔をあげ、感謝を何度も口にする。頼子も夫と目を合わせ笑いあった。

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