第10話『消えた千佳子』

 警察署の廊下に置いてあるパイプ椅子に座る隆信。を見たせいで未だに手の震えが止まらない。


 その頃、美由紀は取調室で事情聴取を受けていた。


「つまりだ……その自殺した高籏鐙子さんと谷山尋実さんとその息子さんの死の原因は呪いだと?」


「はいっ」


「二十年前に姿を消した秋庭千佳子さんの幽霊に三人は呪い殺された……あなたはそうおっしゃりたいんですか?」


「そうです」


 馬鹿にしたように鼻で笑う中年の刑事は、後ろで聴取を取る若い男性と呆れ顔で目を合わせる。まるで信用されてないと分かっていた。


「えーっと……それで、次に死ぬのはあなただと?」


「はい……明日の朝には、谷山和真くんのように」


「けどね、奥さん? 呪いってだけで警察は動けんのですよ。幽霊相手じゃ証拠も何も出ないでしょう? それに逮捕だって出来ませんよ」


「けど、本当なんです! お願いですから信じてください!」


 そう言ってはみたものの、こんな非現実的な話を信じる人などいない。相手がこんなはなから相手にしていないような刑事じゃ尚のこと。そもそも、刑事に頼ったのが間違いかもしれない。


「分かった分かった……ならね、明日の朝にでもその神社を調べればいいんでしょ? 秋庭千佳子さんの遺体が発見されれば、警察もちゃんと動きますから」


「明日じゃ遅いんです!」


 そう反発するも、刑事は面倒臭そうに美由紀の肩を掴み、追い出すように取調室から出ていかせる。


「呪いなんてもんで人は死んだりしないから……さぁ、もういいから帰りなさいっ」


 きっと頭か狂ってるとしか思われていない。美由紀は諦めるように、それ以上なにも言わなかった。




 廊下で待っていた隆信とともに、警察署を後にする。


「結局あの刑事は鐙子はただの自殺で、尋実たちは和真くんを殺した罪悪感から無理心中したとしか考えてないのよ!」


 隆信は黙ったまま、何も言わない。


「尋実もきっと千佳子を見たから、堪えられなくなって……あんな事を。鐙子もきっと同じだったんだと思う」


 あの時、千佳子は笑っていた。きっと千佳子は、わたしのことも追い詰めて、家族を手に掛けることを望んでいる。


「……美由紀、神社へ行こう」


「え?」


 急に立ち止まった隆信を美由紀は困惑気味に見つめた。


「俺が夢を書く」


「なに言い出すのよ!」


「梨花はお前が居なきゃ駄目だ……俺が夢を書けばお前は助かるだろうから」


「ちょっと待ってよ!!」


 焦るように相手の言葉を遮断する。


「もし生き残っても千佳子の遺体が発見されれば、わたしは警察に捕まるのよ!? それに千佳子が殺したいのはわたしなのっ……あなたが夢を書いたって、もしかしたら……」


「それでもっ! 梨花は俺じゃなくて、お前が必要なんだ!! お前が警察に捕まったとしても、お義母さんに梨花を頼めばいい。そしたら、罪を償ったあと堂々と梨花と生きられるだろ!」


 隆信の迫力に何も言えなくなり、強引に手を引かれ歩き出す。



 神社の石段まで来ると、すっとふたりの横を老婆が通り過ぎていった。紫色の風呂敷を持った白髪の老婆を見た途端、美由紀は何故か気味悪さを感じ振り返る。背を向けて歩いていた老婆が、不意に美由紀に視線を移す。そして、物凄い目付きでわたしを睨み付けた。


 息が詰まるような恐怖に襲われ、美由紀は目を逸らす。


「ほら、行くぞ」


 嫌な予感に胸をざわつかせながら、石段を上がっていった。中間まで来て、もう一度だけ振り返る。しかし、そこに老婆の姿はなかった。


「どういう事だ!?」


 石段を上がり終えたと同時に、隆信が叫ぶ。


「箱がっ……」


 美由紀も隆信の後ろで、愕然とした表情で目の前の光景を見据えた。箱がなくなっている。というより、壊されていた。


「なんでっ」


「くそっ!! 誰がやったんだ!!」


 美由紀はゆっくりと箱の破片が散らばっている側へと近付く。簀の子が僅かにズレていた。


「どうして」


 木の台が置いてあった時は気付かなかったが、簀の子の隙間から見えた異変に美由紀は慌てて手を伸ばす。地面を隠していた物が取り払われ、そこには大きな穴が開いていた。


「美由紀?」


「あなた……千佳子が消えた」


 簀の子は穴を隠すため。


 一体誰が、何のために?



 これでは夢を書くことはおろか、罪を償うことも出来ない。ふたりは力が抜けたように地面に座り込んだ。


「……さっきのお婆さん」


「お婆さん?」


 自分を睨み付けていった白髪の老婆。直感的に、あの人が何かを知っているんじゃないかと思った。


「さっき擦れ違ったお婆さん……あの人が千佳子を掘り起こしたのかもしれないっ」


「や、待てよ……お婆さんが何のために遺体を持ち出すんだ。そもそも、ここに埋まってるのを知ってるのは現時点でお前しか居ないんだろ?」


「そう、だけど……」


 何か腑に落ちない美由紀に、隆信は手を差し伸べる。


「とにかく一旦、家へ戻ろう……そろそろ梨花が帰ってきてる頃だ」


「けど、このままじゃ」


「梨花を連れて、お祓いでもなんでもしよう。警察があてにならないなら、有名な霊媒師に除霊してもらうとか、どこかのお寺で霊を寄せ付けないようにするお札を貰うとかいろいろ方法があるはずだ! ここに居ても解決しない……明日の朝までにやれることをやるんだ」


「分かった」


 手を取り、美由紀は立ち上がった。


 頭上で烏が鳴く。今自分たちが向かう先には、平穏などないと訴えてるかのように聞こえた。

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