第6話『夢』
窓から差し込む光がオレンジ色へと変化した頃、娘の声が玄関から響いた。
「ただいま!」
そこで美由紀は我に返る。
時計はもう四時を回っていた。
「おかえり、梨花……」
慌ててソファから立ち上がり、夕食の準備をするべく、キッチンへと足を向ける。手洗いを済ませた梨花と目が合い、美由紀は今朝の事を不安に思い、焦るように口を開く。
「梨花、神社には行ってないわよね?」
「あっ……うん、行ってないよ」
少し濁したような返事を返した梨花に、美由紀は念を押す。
「いい? 絶対に神社には行っちゃ駄目よ!」
「分かったよ」
「夢なんか書きに行ったりしないでよ!」
「分かったってば!」
あまりにもしつこく言われ、梨花は怒った様子で自分の部屋に行ってしまった。
娘に何かあったら堪えられない。呪いなんて信じてはいないけど、もしも和真くんのような事が娘に起きたらと考えたら、怖くて怖くて仕方がなかった。
だが、美由紀の不安は二日目の朝に的中してしまったことを知る。
◇◇◇ ◇◇◇
いつものように始まった慌ただしい朝。
あの日以来、鐙子からの連絡はなく、美由紀は徐々に平穏を取り戻しつつあった。尋実と旦那がどうなったのかと気掛かりではあったが、呪いだの夢だのと悩んでいた自分は薄れつつある。
千佳子は死んだ。その罪は消えない。
後悔を背負い続ける人生は死ぬまで終わらない。だけど、それ以上の苦しみが起きることはないと高を括っていた。
「梨花っ! 早く起きなさい!」
なかなか部屋から出てこない娘にイライラしながら、美由紀はドアの前までやってきて勢いよくノックしながら声を上げる。
「もたもたしてたら、時間なくなっちゃうわよ!」
それでも反応しない事に痺れを切らし、一気にドアを開け放った。だが、入った瞬間に美由紀は愕然とする。
額から流れる鮮血。娘のお気に入りのピンクのパジャマに血が滴り落ち、襟元を赤く染める。
「梨花っ!!」
素早く駆け寄り、梨花の頭の傷を確認する。しかし、思ったより傷は浅く、美由紀はホッと胸を撫で下ろした。梨花は恐怖に怯え、震え泣いている。
「どうしたの? 何があったの?」
「ゆっ……夢でっ」
ゾッとした。薄れかけていた恐怖が一気に体へと寒気となって呼び戻ってくる。
「まさか、書いたの? そうなのっ!? 答えなさい、梨花!!」
正気を失ったように目を見開き、一度も見せたことのないような形相で梨花の肩を激しく揺さぶった。そんな変わり果てた母の姿に、梨花は大声を上げて泣き出し始める。我が子が怯えて泣いているのに、自分の行動を制御できず、更に梨花の肩を掴んだ手に力を込めた。
「なんだ、どうしたんだっ!?」
隣の寝室で身支度していた隆信が異変に気が付き、慌てた様子で子供部屋へ入ってくる。自分の目に映った異様な光景に一瞬動きを止めるも、血を流す娘を揺さぶり続ける美由紀を焦るように押さえ付けた。
「やめろっ!! 一体、何してるんだ……梨花の頭の血はなんなんだ!!」
夫は明らかに疑いの目を美由紀に向ける。
「わたしじゃない! 夢なのっ……梨花が書いちゃったのよ!」
「夢ってお前……」
涙目で訴える美由紀をベッドから遠ざけ、隆信は梨花を守るように抱き締めた。
「そんな嘘を信じると思ってるのか!!」
「お父さん、違うよ! お母さんは何もしてない!」
美由紀に怒鳴り声を上げた隆信に、梨花は泣きながら否定の言葉を叫ぶ。
「わたしが悪いの! お母さんの言うこと聞かないで、夢を書いちゃったからっ……お父さん、怒らないでよ」
「え?」
自分の言動で、梨花がまた泣き始めてしまい、状況の把握が出来なくなった隆信は改めて美由紀を見遣る。しかし、美由紀は床に座り込み、俯いてしまっているために表情が見えなかった。
「美由紀っ……どうなってるんだ? 夢ってなんのことだ?」
優しい声に戻し、問い掛けるも無言のまま。困り果てた隆信は、泣き続ける梨花を宥め始める。
「梨花……もう怒ってない。父さんが悪かったから、何があったか教えてごらん?」
「クラスの……
泣きながら懸命に話してくれる娘だったが、やはり内容に理解が出来ず、隆信は首を傾げた。
「待て待て……梨花、その話と頭の怪我になんの関係があるんだ?」
「呪いよっ」
美由紀は、俯きながらボソッと呟く。
「は?」
隆信は、美由紀の発言に怪訝な表情を浮かべ見つめた。
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