【夢、実現いたします】

石田あやね

第1話『はじまり』

 19**年9月20日。


 人をも寄せ付けない古い不気味な神社。


 鳥居の塗装もほとんど剥がれ落ち、綺麗な深紅色は見る影もない。夕暮れ時ともあって、空には何十羽もの烏が飛び交っていた。烏の鳴き声が辺りに響き、より不気味さを引き立てている。


 ザクザク……


 徐々に暗がりが広がっていく中、神社から聞こえる鈍い音。


「これでいいんじゃない?」


 額に滲む汗を服の袖で拭う。


「まだ駄目よ! もっと深く掘らないと……」


「早くしないと誰か来るかもしれないよ」


 3人の少女が周りの様子を気にしながら、一心不乱にシャベルで穴を掘っていく。彼女たちの隣には大きな杉木が聳え立っていた。その木に凭れ掛かるように座るひとりの少女。ピクリとも動かない彼女の額からは赤い血が滴り落ち、白いセーラー服にいくつもの染みをつくっていた。


「もういいよ! 早く埋めようっ」


 急かすように言い放った言葉で、三人はようやくシャベルを地面に置く。そして、動かなくなった少女の前に恐る恐る近寄っていった。


千佳子ちかこ……?」


 それが動かなくなった少女の名前。


「本当に死んじゃったんだ」


「いいから運ぶよ!」


 足と腕に分かれて、一気に持ち上げる。三人掛りなのに、少女の体は異常なほど重く感じた。それでもなんとか穴の近くまで運ぶと、三人は一度目を合わせる。


「いくよっ」


 声かけと共に、勢いよく千佳子を穴へ投げ入れ、地面に置いたシャベルを再び手に取った。何かに突き動かされるように、三人は無我夢中で穴の中へ土を入れていく。


 土で少しずつ隠されていく少女の姿。


 一瞬、千佳子の指先がピクリと動いた。だが、その事に3人は全く気付かない。



 一時間掛けて、漸く大きな穴は塞がった。人をひとり埋める行為など誰も経験したことなどない。息が上がり、体力も限界を越えていた。


「千佳子……」


 埋めてから、自分の犯した罪の重さに直面し、シャベルを持っている手は尋常じゃないほど震えている。罪悪感、恐怖感が交互に体の中を駆け巡り、ひどい嘔吐感を伴った。


 しかし、その中のひとりは動揺を見せることなく、恐いぐらいに冷静な口調で言い放つ。


「いい? わたし達は何も見てない。何も知らない……誰かに何を言われても、黙ってなさいよ」


 ふたりは、その指示に黙って頷く。

 もう後戻り出来ない最悪の日を告げるように、より烏の鳴き声が響き渡った。



 彼女たちは気付かなかった。

 まだ土の中で千佳子が生きていたことを……


 彼女たちは知らなかった。


 この事が時を経て、戦慄の恐怖となって3人に襲い掛かってくることを……





  ◇◇◇  ◇◇◇




 二十年後。


 都内某所、大きな市立病院敷地内の別館。

 厳重なセキュリティ設備の中で管理された患者たちが行き交う精神科病棟。


「先生……まだ秋庭あきばさん、見付かってないそうです」


 ひとりの医師が大きな溜め息を漏らし、その隣で看護師も同様の反応をした。


「そうか。この設備でどうやって抜け出したのかも謎だが……ひとりで出歩ける体じゃないんだがな」


 患者の状態がびっしり書き込まれたカルテを見つめ、医師は低く唸る。


 患者の名前は秋庭 文子ふみこ


 彼女が来たのは二十年前。ある出来事により精神を病み、ノイローゼだった彼女は自宅のベランダから飛び降り自殺を図ったのだ。奇跡的に命は助かったが、足から先に落下したことが原因で両足の骨は粉砕状態。手術は受けたが、自分で歩くのは最早不可能だった。


 精神状態も年を重ねる毎に悪化を辿っていき、最近ではよく誰もいない壁に向かって喋っているのを目撃されていた。


 自分の名前はおろか、受け答えすら難しい。そんな状態にも関わらず、彼女が一ヶ月前に忽然と姿を消してしまった。夫にも子供にも先立たれた彼女には、頼れる家族も帰る家もない。


「一体どこへ行ってしまったんでしょうか?」


 看護師の問い掛けに、医師は頭を捻るしかなかった。

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