第19話 星が、降る
ひといきに沈められた。
リリアのちからは、やはり強いのだ。
が、ウィスタに怖れはない。
オリアスと手を繋いだまま、ゆっくり、沈んでゆく。
海面からの光が二人を包む。そしてその光は間もなく存在を失念されることになる。
ウィスタがオリアスの手を引いた。
互いの身体が近づく。
光芒が走り、それはいくつかの角をもつ蒼い星の形として彼らを囲んで、ゆらりと回転した。回転のなかで、二人は、互いの背に手を廻している。
呼吸はできない。が、苦しくもない。原理も理屈も、わからない。それでも二人にとって、それは当然の事象だった。
ここは、ウィスタとオリアスが作った世界なのだから。
二人に届かぬものなど、できぬことなど、あるはずがない。
そう、リリアが言った。
誰が。わたしが。
ウィスタはその言葉を幾度か胸のなかでもてあそんだが、やがて、中止した。オリアスがウィスタに手を伸ばしたからだ。
水に揺れ、みずからわずかに発光するその髪に、触れる。彼の小指が耳に軽く触れる。くすぐったいと感じ、少し首を引き込める。
その首に、オリアスの手がまわる。引き寄せる。
オリアスは、オリアスではなかった。同様にウィスタも、ウィスタではない。
ぱちっと、ちいさくちいさく爆ぜるように、夏の浜と、巨大な星空の情景が蘇った。それでも、ウィスタは惑わない。
自分が何であろうと、どこから来たものであろうと、かまわない。
目の前で自分を包む存在が、どんな由来を持つものだろうと、かまわない。
ここに、いる。
二人はいま、ここにいる。
引き寄せられて、鼻と鼻が触れ、すいと横を向き、その顔もまた、オリアスの手によって戻される。
ウィスタは、目をつむりたくなかった。
オリアスの瞳を、みていたかった。
それでも、柔らかく温かいくちびるの感触が、彼女の瞼をゆっくりと閉じさせた。
光の波紋。
二人を中心に、穏やかな光が放射された。
光は、音もなく、世界のすべての海を満たした。
海を満たした光は空にあがり、煌めきながら降り注いだ。
すべての海上に、すべての陸上に、すべての街に、すべてのひとに。
星が、降った。
昼の国でも、夜の国でも。
その煌めきは、世界のどこにいても、誰の目にも、視認できたという。
静かに、どこまでも、静かに。
柔らかい光の粒子は、ひとびとの肩に、こころに、降った。
シア
神殿の
「おい、なにしてる。渦が消えかかっておるではないか。神殿の巫女たちと接続が切れているのだ。もう一度試みてみよ。ええい、それ、いつものように」
「無駄ですよ」
艀船の横に手をかけ、リリアが上がってきた。
「あいつの本当のちからはね、
「……そんなことが、本当にあるわけが」
「じゃあなぜ、あなたはそんなにウィスタに怯えたのです。どうしてあいつを封じようとしたのです。巫女のちからを独占するという目論見が、あいつ一人の手でひっくり返ってしまうからじゃないんですか」
「……」
「まあ、あなたの最大の手柄は、ウィスタの命をとらなかったことだ。いつか役に立てようと、あるいは手籠にしようとしたその強欲に感謝しなくてはね。さ、帰りましょうか。お尋ねしなくてはならないことが山ほどある。とはいえ……」
俯いて沈黙している主教の横で、リリアは艀船の霊珠に祝福を送った。が、ぴくりとも反応しない。
頭をかいて、リリアは唸った。
「まいったね、これは。国まで泳いで戻らねばならんか」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます